革新的な空調システム開発はどうあるべきか

 この採用に当たって、イーロン・マスク氏は、社内に天才的な技術者がいると言っている。しかし、いくらアイデアがあったとしても、実際に搭載するためには、従来の冷暖房システムと全く異なるためハードルが高かったであろう。

 ここからは筆者の推測であるが、テスラの技術者は旧来の車両に試作品を搭載して各種試験を実施し、評価改良を積み重ねたのではないだろうか。コンポーネント完成後には、今後の新型車に採用するか否か審議の場があり、ここで採用決定されたことからモデルYに搭載したと推察する。

 自動車開発では、よく「デザインイン」という言葉が使われる。これは商品企画や車両計画の段階から、サプライヤーが自動車メーカー側に参入し、一緒になって開発を行うスタイルをいう。

 今回の場合は、さらに一歩前倒しして、商品計画や商品企画が始まる前から、事前に革新的な冷暖房システム開発について、試験・評価を行い、次期車に採用を決定した後に商品計画や商品企画を進める、いわゆる「コンセプトイン」の方法が取られたのではないかと推測する。

一般的な冷暖房システム開発と革新的な冷暖房システム開発の比較

 

 以前に、フォルクスワーゲン(VW)の「ID.3」やBYDの「BYD SEAL」の分解調査に立ち会った際も、テスラのオクトバルブ付TMSを参考にした形跡があった。 オクトバルブ付TMSはテスラがパテント(特許)を取っているため完全コピーはできないが、これにヒントを得て類似の冷暖房システムを完成させていた。

 例えば、VWの「ID.3」では、膨張/遮断用の空調制御バルブ8個が空調システムを取り巻くように設置されている。また「BYD SEAL」では、テスラのオクトバルブが8系統なのに対して、9つのバルブを備え、電磁弁を切り替えて冷暖房をコントロールしようとしていた。

 このように、海外自動車メーカーはEVの冷暖房システムが今後の重要な競争領域であると定め、革新的な冷暖房システムを目指して、開発を推進させているように思えてならない。

 一方、日系自動車メーカーの動きは静かである。これには2つの理由があるように思える。1つは、EVの販売台数が少ないことであろう。このため、新たな冷暖房システムを搭載しにくい。もう1つは、長年培ってきた既存の冷暖房システムを大幅に変えることは容易ではなく、その怖さがあるのではないだろうか。

 この2つが相まって、開発責任者や経営陣から考えると、革新的な冷暖房システムの開発には、費用対効果、リスクの面で躊躇(ちゅうちょ)しているように思える。