本連載は、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏が満を持して上梓した新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。

 第5回となる本稿では、新規事業開発のアプローチとして近年流行りの「オープン・イノベーション」が、なぜイノベーションの中心地であるシリコンバレーでうまくいかないのか、環境変化に強く、進化できる組織・できない組織のタイプを解き明かし、さらにリアルとバーチャルの融合を加速させるメタバースの先にある世界まで見通す。

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは

■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由(本稿)
第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価

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オープン・イノベーションという魔法の杖

 このような流れの中、2003年に、前にも少し触れた「オープン・イノベーション」という概念が登場してきた。著者はヘンリー・チェスブロウ教授。同じUCバークレー校の教授だが、実はこの本を書いたのは、直前までいたハーバード・ビジネス・スクール時代だった。まさにボストンとシリコンバレーという二都の盛衰の目撃者でもある。

桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
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 当時はグーグルの検索が出回ったころで、本書出版前に「オープン・イノベーション」を検索したところ、ほとんどヒットしなかったという。しかし、今や年間5億回近いヒットを数える極めてホットな経営用語である。その本の中で、オープン・イノベーションは次のように定義されている。

「組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイディアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである」

 オープン・イノベーションは、シュンペーター流の「異結合」の実践そのものということもできよう。しかし、シリコンバレーにおいてすら、企業間の人の移動やM&Aは盛んに行われているものの、オープン・イノベーションの成功事例は、驚くほど少ない。それはなぜか。

 まず、「異」質性についていえば、シリコンバレーは、実は極めて同質性が高い。みなデジタル技術を追いかけている。デザイン・シンキングもお手の物。しかし、そのような同質的な知恵を掛け算しても、非連続なイノベーションは起こらない。

 さらに「結合」が起こるためには、双方の深い信頼関係やパーパスの共有が不可欠となる。地理的な距離が近いほうが有利だが、デジタル技術を活用して、何のためにどのような価値を創造したいのかというレベルでの深い結合は、決して容易ではない。

 日本でも、オープン・イノベーションが喧伝されている割には、成功事例がほとんどないことは、前述した通りである。スマートシティ構想も、いろいろな地域で展開されているが、そこからスケール感のあるイノベーションが生まれる気配は、残念ながらない。

 企業の中においてすら、本格的なイノベーションを生み出すハードルは高い。ましてや、企業を超えた不安定な関係性のもとで、オープン・イノベーションを実現することは至難の業だ。

 そのためには、閉鎖系の企業と開放系の市場の間に、セミ・オープンでセミ・クローズドな「中間組織」を構築する能力が求められる。この点については、第8章で、さらに検討することとしたい。