本連載では、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏が満を持して上梓した新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。
第4回となる本稿では、競争戦略論の第一人者であるマイケル・ポーターが提唱した「バリュー・チェーン」の枠組みを超え、顧客やパートナー企業など多様なステークホルダーからなるビジネスの生態系全体を俯瞰して価値創造するための「場」づくりについて、シリコンバレーの「パワー・ブレックファスト」などを例に紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
■第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは(本稿)
■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価
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バリュー・チェーンからバリュー・システムへ
時間軸の次は空間軸、すなわち広がりについて考えたい。企業活動を、「バリュー・チェーン」という言葉で表現したのは、マイケル・ポーターだ。言葉選びには、単にセンスの良し悪しを超えて、思考の構造が投影されることが、よく分かる。
ポーターは、ロジカル・シンキングの達人である。企業活動を要素還元したうえで、それらがチェーン状につながっていると考えた。簡単に言えば、開発・生産・販売といったリニアなプロセスである。そこにはロジカルな順番があり、かつ、それぞれは個別に独立した要素として扱われる。プリンストン大学の航空宇宙工学部出身というだけあって、極めて機械学的思考である。
一見ロジカルに見えるが、このポーター流の思考には3つの盲点がある。第一に、直線的で一方向だという点である。たとえば、販売したあとにリサイクルされるといった循環的な発想を取り込みにくい。また、販売活動の中から未顧客の未体験価値を発見して、開発につなげるといったサイクルを想定しにくい。
第二に、各要素間の有機的なつながりが見えない点である。たとえば、優れたメーカーは、生産しやすい設計(Design for Manufacturability)に向けて、開発段階から生産を巻き込む。あるいは販売しやすさや、販売後の顧客の体験価値を考慮に入れて、開発に取り組む。
第三に、自社の活動に閉じている点である。企業が単独で活動することなどありえない。サプライヤーやディストリビューター、多様なパートナー企業、さらには顧客自身も巻き込む必要がある。一方、ポーターは、古典的な「5つの力」(Five Forces)モデルの中で、これらの外部者を潜在的な競争相手として位置づけている。自社の利益だけを最優先に位置づける、極めて閉鎖的な思考といわざるを得ない。
価値を創造するためには、多くの関係者の協力が不可欠である。そのためには、顧客を含む多様な外部者と生態系(エコシステム)を構築していかなければならない。まさに生態系という言葉が示す通り、生物学的な思考が求められるのである。
価値創造の仕組みを考えるうえでは、短絡的で狭隘なバリュー・チェーンではなく、生態系全体を視野に入れたバリュー・システムとして捉え直す必要がある。ここでもロジカル・シンキングではなく、システム・シンキングがカギを握るのである。