本連載は、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏が満を持して上梓した新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。
第3回となる本稿では、「両利きの経営」を掲げて失速したコダックと成熟事業の中から連続的に新規事業の種を見出すことに成功した富士フイルムの比較などを通じ、「バックキャスティング」に潜む罠に陥らず、イノベーションを生み出し続けるシナリオプランニングや「非線形思考」など、VUCAの時代を生き残る秘訣に迫る。
<連載ラインアップ>
■第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
■第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」(本稿)
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは
■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価
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「100キロ先を見よ」
ソフトバンクの孫正義社長は、「100キロ先を見よ」と語る。
船酔いをするときは、たいてい近くを見すぎている、近くの景色は流れていくため、それを目で追うと船酔いしてしまうのだ。遠くの一点はそれほど動かないので、それを見ていれば船酔いを避けられる。それが、100キロ先を見るということだ。
世の中では、着地点から逆算する「バックキャスティング」が喧伝されている。ただし、バックキャスティングには3つの落とし穴がある。
1つ目は、よほど視野を広げない限り、着地点そのものを見誤ってしまうことだ。「未来予想図」などと銘打ちながら、実はまったく飛べていない着地点から逆算している企業があまりにも多いのは、笑えない話である。
2つ目は、着地点の確からしさを見極めようとすることだ。未来は、不確実なことだらけである。たとえばAIが人間の知能レベルを超える「シンギュラリティ」が本当に来るのか、来るとしたらいつなのかなどということは、誰にも分からない。したがって、それは仮説として置くしかなく、その正しさを議論しても意味がない。大事なことは、その着地点が今より十分に非連続であることだ。
3つ目の落とし穴は、当面の打ち手がずれてしまうことだ。着地点にばかり気を取られていると、足元をすくわれる。一方、確実に歩み出そうとすると、着地点にはいつまでたっても届かない。「着眼大局、着手小局」とはいうものの、その着手が難しい。
ファーストリテイリングの柳井正社長は、よく次のような小話をする。
「今、壁を垂直に歩けと言われても絶対にできないが、1日に1度ずつ傾けていくと、いずれ慣れて垂直に歩けるようになる」
もちろん、まともに考えると、忍者かスパイダーマンにしかできない芸当である。とはいえ、少しずつストレッチの量を増やしていけば、不可能と思っていたことがいずれ可能になるという教えである。「未来に向けていかに角度を上げていくか」が、知恵の絞りどころとなる。