本連載は、マッキンゼーとBCGという世界の2大コンサルティングファームで活躍してきた現代の知の巨人、名和高司氏の新著『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から一部を抜粋・再編集し、桁違いの成長をもたらす「10X思考」のエッセンスをお届けする。

 第2回となる本稿では、新市場創造の名手であるリクルートも取り組む発想法「既・非・未(不)」を引き合いに出しながら、「プロダクト・アウト」から「マーケット・イン」、そして「マーケット・アウト」へと移り変わる、市場との向き合い方の本質を解き明かす。

<連載ラインアップ>
第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
■第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か(本稿)
第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは
第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由

第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価

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マテリアリティ分析の逆対角線

 マテリアリティ分析をご存じだろうか。世の中にとっての重要性と、自社にとっての重要性をそれぞれ軸にとって、経営課題をその中にプロットするという単純なフレームワークである(図21)。そして、その両方にとって重要な領域(図のⅠ)をマテリアリティ(経営の重要度)が高い領域と位置づけるのである。

 今や統合報告書を作成する際には、どの企業もマテリアリティ分析をこなすことが「お作法」となっている。しかもそのときに多くの企業が、世の中の重要な課題として、SDGsの17項目を参照している。

桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
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 もちろん、間違いではない。国連お墨付きの社会課題である。ただし、ゾーンⅠの答えは、まったく代わり映えがしないものが並んでしまう。同業種であれば、当然同じ「規定演技」のオンパレードとなる。私は、毎年、10社を超える企業からマテリアリティ分析へのコメントを求められるが、このような光景には正直、辟易とさせられる。

 むしろ、のびのびとした自由演技が並んでいるのは、右下のゾーンⅡである。世の中ではまだ共通の重要課題として認知されていないものの、その企業にとっては思い切りこだわりのあるテーマが掲げられているからだ。

 たとえば、ソニーであれば「世界を感動で満たす」であり、中川政七商店であれば「工芸を元気にする」だ。その企業「ならでは」の志(パーパス)が織り込まれている。まさに「自由演技」をのびのびと演じるゾーンだ。

 もちろん、いつまでもゾーンⅡにとどまっているようでは、独りよがりに終わってしまう。そこで、このゾーンⅡのテーマをゾーンⅠに引き上げるべく、世の中の共感を勝ち取っていく必要がある。これこそが、その企業ならではの18枚目のカードとなるはずである。

 反対に、気をつけなければならないのが左上のゾーンⅢだ。世の中が重要だと考えているのに、その企業が軽視しているテーマ群である。日本企業の場合、環境や人権関連がこれにあたるケースが散見される。もちろん自社まわりでは、環境も人権もしっかり押さえているつもりになっている。いわゆるスコープ1(自社)とスコープ2(1次サプライヤーやディストリビューター)の領域である。

 しかし、サプライチェーンの上流や下流など、いわゆるスコープ3までしっかりと管理できている企業はまれだ。そこが大きな盲点となる恐れがある。したがって、ゾーンⅢに位置づけていても、本来ゾーンⅠに格上げすべき課題には、しっかりと目を光らせる必要がある。

 このように、マテリアリティ分析1つとっても、常識的なロジカル・シンキングを超える思考法が求められている。現在のロジックの逆対角線上にこそ、未来の重要な課題が潜んでいるのである。

非から未へ

 マーケティングでは、「顧客第一主義」が呪文のように唱えられる。ただし、現在の顧客に媚びているだけでは、いずれ市場は飽和する。市場を創造するためには、未来の顧客を想像しなければならない。

 現在の顧客ではなく、今は顧客ではない人を見る。現在話題になっているものではなく、話題になっていないものに目をつける。このような「あまのじゃく」な探求心が、新しい顧客や体験の発見につながる。