ハロルド・ジョージ・メイ氏(撮影:川口紘)

「モノ消費からコト消費へ」と言われるようになって久しい。だが、この流れに対応できている日本企業は決して多くはない。企業はCX(顧客体験)をどう設計して、ブランディングにつなげれば良いのか。そもそもマーケティング担当者は何から始めるべきなのか。数々の企業のマーケティング責任者、経営者を歴任し、実績を挙げてきたハロルド・ジョージ・メイ氏に、「消費者のインサイト」を起点とする企業経営の要諦を語ってもらった。

いまや商品・サービスの機能だけでは勝ち切れない

――メイさんは現在、多数の企業の社外取締役を務めています。どのような役割を担っているのでしょうか。

ハロルド・ジョージ・メイ/アース製薬・コロプラ・アリナミン製薬・パナソニック社外取締役、元タカラトミー・元新日本プロレスリング代表取締役社長

1963年オランダ生まれのオランダ人。ニューヨーク大学修士課程修了。ハイネケン・ジャパン、日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン)、サンスター、日本コカ・コーラ副社長を経て、2015年にタカラトミー代表取締役社長となり、赤字経営から大幅黒字回復を成し遂げ、過去最高売上げ・最高利益を達成。2018年に新日本プロレスリング代表取締役社長兼CEOに就任。過去最高売上げ・最高利益を出し、20年10月退任。日本語、英語、オランダ語など6カ国語を話す。著書に『百戦錬磨:セルリアンブルーのプロ経営者』(時事通信社)がある。

ハロルド・ジョージ・メイ氏(以下敬称略) 企業が抱える課題を解決するための具体的な支援をしています。さまざまな課題が対象となりますが、特に多いのは「グローバル化」と「マーケティング・ブランディング」の2つです。

 グローバル化については、日本のGDPは約550兆円で世界3位ですが、全世界のGDPで見ればたったの6%ほどです。グローバル市場をいかに切り開いていくかが日本企業の大きな課題となっています。

 もう1つのマーケティング・ブランディングについては、いまや商品・サービスの機能や内容だけで勝ち切れる世の中ではなく、CX設計やブランディングに力を入れることが求められています。

――今回は「マーケティング・ブランディング」についてお伺いします。「日本のマーケティングは遅れている」と言われますが、メイさんはどう考えていますか?

メイ 確かに遅れている面はあると思います。もちろんすべての企業ではありませんが。

 日本には商品中心・製造中心の考え方が根強くあります。いまも日本企業が機能・品質といったハード面で世界的に強いのは間違いありません。しかし現代は、CXやブランディングといったソフト面との融合が必要であり、日本企業はこの点ではまだ弱い。

日本企業の多くは「商品」のマーケティングはうまいが、「ブランド」および「企業ブランド」のマーケティングが足りていない
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 ではなぜ日本は遅れたか。戦後の経済を立て直すためには、ものづくりに力を入れるのが手っ取り早く、最善策だったからです。ブランディングをしようとなると、何十年も時間をかけて積み上げなければなりません。最初の投資がものづくりになるのは自然でしょう。結果的に、日本はものづくりの段階で大成功してしまったために、そこから抜け出せなくなってしまった。

 一方、米国は早くからソフトの重要性を見抜いていました。そのため、日米の企業はソフト面で差が開いてしまっているのが現在の状況です。

――とはいえ、例えばブランディングの効果測定は難しい。ものづくりで成功してきた企業が意識を変えるのは容易ではなさそうです。

メイ ブランドという無形資産の効果に対してどうKPIを置けばよいか、多くの企業が悩む問題でしょう。しかし、簡単に測れないからこそ固有の価値になるのです。長期目線で考えれば、そこに人材と資産を投資すべきであり、信じてやるしかありません。