サステイナビリティは、今や個々の企業の経営課題にとどまらず、グローバルで意識すべきアジェンダだ。これをデジタルとAIによる変革を通じ、顧客自身が見えていない課題も含めて解決するイノベーションこそが、現代におけるサステイナビリティ経営につながる。2020年3月までネスレ日本の経営トップとして「ネスカフェ アンバサダー」などを手掛けてきた高岡浩三氏が、同社のCSV(共通価値の創造)への取り組みとサステイナビリティ経営への実践を明らかにする。

※本コンテンツは、2022年3月23日に開催されたJBpress主催「第12回 DXフォーラム」Day2の特別講演Ⅲ「DXによるサステイナビリティ経営〜CSVの実践とSDGsへの貢献〜」の内容を採録したものです。

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パーパス(存在意義)を明らかにし、CSVという概念を生んだネスレの経営方針

 150年以上の歴史を持つスイスの食品会社、ネスレ。同社は世界の時価総額でトップ20に入る、文字通りのエクセレントカンパニーだ。創業者アンリ・ネスレ氏は粉ミルクの原型を開発した人物であり、その背景には高い乳児死亡率という当時の社会的問題があった。

「ネスレは世界に先駆けて、Purpose(パーパス/存在意義)を明らかにして、全てのステークホルダーおよび社員に分かりやすい経営方針をつくった企業です」とケイ アンド カンパニー株式会社 代表取締役社長の高岡浩三氏は説明する。

「具体的には、世界中の人々の生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献することこそがネスレのパーパスであり、存在意義だと捉えているのです。このパーパスは、個人と家族のため、コミュニティ(生産者)のため、地球のため、つまり環境問題のためという、3つのカテゴリーで成り立っています」

 ネスレは2005年、世界で初めて「共通価値の創造(クリエイティブ・シェアード・バリュー=CSV)」という概念を提唱した。その数年前のダボス会議で、当時のネスレ会長ピーター・ブラベック-レッツマット氏が「企業の社会的責任は、企業戦略にならなければ続かない」と発言している。義務感から発した社会的責任は、業績が悪化すれば続けられない。共通価値を創造しながら持続していかなければ意味がないというのだ。この概念はハーバード大学経営大学院の経営学者マイケル・ポーター教授に共有され、世界的にCSVが広まるきっかけになった。

「このCSVを達成していく企業、そしてNPO、NGOなどの団体が評価していくゴールのようなものが必要になると国連が考え、2015年にSDGs(持続可能な開発目標)の採択に至ったという流れがあります」と高岡氏は紹介する。

3つのカテゴリーを通じて実践されるネスレのCSVへの取り組み

 ネスレでは、先に紹介した3つのカテゴリー中、「個人と家族のため」において、健康で幸せな生活を実現するための取り組みとして、栄養過多傾向にある先進国に向けては砂糖・食塩・不飽和脂肪酸などを削減した食品を提供。その一方で、貧困で十分な栄養が摂取できていない国や地域では、不足しがちなヨウ素・鉄・ビタミンAなどを強化した調味料「マギーブイヨン」を提供している。

 また、「コミュニティ(生産者)のため」には、カカオやコーヒー豆を買い取る世界最大の企業として、年間数百億円規模の予算で貧困農家を支援している。この取り組みでは、不作の際には支援農家から優先的に供給を得られるという企業戦略的なメリットにもつながっている。

「地球のため」のカテゴリーで、最も強力に取り組むのはプラスチックごみ削減だ。高岡氏はネスレ日本で人気チョコレート菓子「キットカット」のパッケージ変更に携わった。「世界で最もキットカットの売り上げ、利益が高いマーケットは、発祥の地であるイギリスではなく日本なのです。私たちはいち早くプラスチックの外袋を紙パッケージに変え、ネスレのCSVの試みを行動に移しました」(高岡氏)

 包装を紙に変えることでコストは10倍ほどに上がったが、日本では20年来、「きっと勝つ」という受験キャンペーンを展開し、キットカットの価値を育ててきた。それを形にするべく、紙パッケージには折り鶴とその折り方を入れてデザインした。こうした付加価値によって値上げにも成功したという。