マツダのクルマづくりの根幹をなすデザインコンセプト「魂動」の生みの親である前田育男氏(エグゼクティブフェロー)。同氏は多くの自動車メーカーがデジタル技術を活用し、淡泊ながら要素過多なデザイントレンドに向かう中、あえて“引き算の美学”にこだわり続けている。いま、日本のモノづくりに最も欠けている視点とは何か。そして、これからどこに「価値」を見いだしていけばいいのか──。前田氏の持論からそのヒントを探る。

行き過ぎたCASEの機能開発で起きていること

──前田さんは自動車産業が置かれている現状をどう認識されていますか。

前田 育男/マツダ エグゼクティブフェロー

1982年京都工芸繊維大学 意匠工芸学科卒業後、東洋工業株式会社(現マツダ株式会社)入社。2009年デザイン本部長に就任し、マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、数多くの量産車デザイン、CI/店舗などのブランドスタイルを手掛ける。2013年執行役員、2016年常務執行役員デザイン・ブランドスタイル担当。2022年より現職。新たなMSブランドであるMAZDA SPIRIT RACINGの代表兼レーシングドライバーを務める。

前田育男氏(以下敬称略) クルマづくりが難しくなったと日々感じています。開発しなければならない要素が急激に増えていて、クルマをもっと便利にすべく、自動運転やコネクティビティ(車両と周辺機器との接続の簡易性)など多くの機能進化の追求が進んでいます。「人間の欲求」は果てしない一方で、その品質、例えばセキュリティをどう担保するかが大きな課題になる。

 クルマの機能的な進化をどこまで追求し続けるのか? 環境対応、安全機能など、我々クルマを“創っている”側の責任として進化すべき領域には投資し、技術開発を行うべきですが、人間の能力に頼るべき領域もあるように思います。

──「楽」という漢字には「ラク」という意味と「楽しい(たのしい)」という意味がありますが、ラクを追求していくと、どんどん楽しくなくなります。

前田 丁寧に良いデザインのクルマをつくり、もっと豊かな生活を提供するという意識が重要だと思っています。最近はラク、つまり利便性の向上のために、CASE(クルマのコネクト化、自動運転化、シェア化、電動化)などの機能開発に大きな原資を投入しなければならなくなっています。

 そして、その機能を稼働させるために、クルマはすでに巨大なパソコンを何台も載せて走っているような状況にあります。結果としてクルマ本体の価格も高額となる。

 便利になるのは良いことだし、そのための技術革新は必要ですが、ただ、どこかで“捨てる勇気”を持たないと、我々にとって本当に魅力的なクルマはつくれなくなるのでは? と少し危機感を覚えているわけです。

世界中から同じデザインのクルマが登場する現状

──非常に難しい局面ですね。ただ、目覚ましい技術の進歩がある一方で、魅力的なデザインに対するニーズも高まっていると感じます。そこで、マツダは今後どんなデザインを打ち出していこうとお考えですか。

前田 我々はとにかく丁寧にデザインをしていきたい。ですが、いまお話ししたような複雑な技術開発に多くの人材を投入しなければならない時代なので、そのほかの領域の効率化は必須です。

 デザインも効率化のひとつのファンクションに組み入れられてしまうので、どうしてもインスタントにデザインをしていかなければならなくなります。一瞬で形を造ってくれるようなデジタルのソフトもたくさんありますし、最近ではAIを使ったデザイン開発も話題になりました。ただ、そういう領域に行き着いてしまうと、世界中から同じデザインのクルマが登場することになりかねない。そのアンチテーゼをやりたい、やはり人の想像力に頼った”カタチ創り”をやりたいというのが私の考えです。

──最近のヨーロッパ車などを見ても、効率化して似たようなデザインのクルマが多い一方で、売れる要素も必要なので、目立つデザインを過剰に盛り込んでいる傾向もうかがえます。

前田 例えばEV(電気自動車)をつくる新興企業が世界中に相当数生まれてきています。ですが、使っているツールの影響か、グローバルなトレンドの影響かは分かりませんが、かなり均質なデザインが乱立する状況にあると感じます。

 その中で、老舗メーカーは何とかプレゼンスを担保していかなければならないという焦りもあるのだと思います。だから、もともと持っているブランドらしさ、例えば“家紋”などを誇張して表現するような、過剰なデザインが多くなっている気がします。