コロナ禍で大打撃を受けた鉄道業界。中でも「駅」での収益低下は鉄道会社のビジネスモデルを揺るがす大きな問題となっている。その対策の一つとして、JR西日本グループが行ったのが、仮想空間に展開することで駅の価値を拡張する「バーチャル大阪駅 うめきたワールド」の取り組みだ。巨大ターミナル駅 大阪駅を舞台にしたメタバースによる新たな駅の価値創造はどのような成果をもたらしたのか。
ミッションは「移動に頼らないビジネスモデルへの再構築」
「運輸収入が以前のように戻ることはないという前提で事業を考えなければならなくなりました。JR西日本グループがXRに参入するのはいわば必然だったのかもしれません」と語るのは、西日本旅客鉄道 ビジネスデザイン部 課長の八重樫卓真氏だ。XR(クロスリアリティ)とは、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)など現実世界と仮想世界を融合した新しい体験を創造する技術のこと。八重樫氏は「バーチャル大阪駅」の仕掛け人の1人だ。
JR西日本グループのビジネスモデルは人々の移動に関する事業が安定的に成長することが前提で、主に 新幹線とターミナル駅周辺で稼ぐ形となっている。つまり、移動・輸送が不振になるとビジネスモデル全体に悪影響を与えるのだ。その結果、コロナ禍の影響は大きく、2021年度の同社の連結営業利益は1000億円を超える赤字となった。
そこで、事業ポートフォリオの見直しをしようと、2021年6月に八重樫氏が所属するビジネスデザイン部が立ち上げられた。「私のミッションは移動に頼らないビジネスモデルへの再構築です」(八重樫氏)。
だが、なぜXRなのか。これには、JR西日本グループのこれまでの歩みが関係している。
1987年の民営化後、JR西日本グループはそれまで鉄道の乗降場であった駅を、ショッピングセンターやホテルなどに進化させることで価値を高めてきた。「現代の駅はいろいろな役割を持っています。鉄道の乗降場、電車が趣味の方にとっては趣味を楽しむ場所、街の入り口、思い出の場所、集いの場、旅への入り口など、さまざまな意味を持つ唯一無二の存在なのです。そこで、私たちが現実世界で築き上げてきた『駅』という鉄道会社固有の資産をこれまでとは別の形で活用できないかと考えたのです。そこでたどり着いたのがXRでした。現実世界での利用にとどまっていた駅を起点として仮想空間を展開すれば、その価値を拡張できると考えたのです」(八重樫氏)。
2022年には「バーチャル大阪駅」で最初の挑戦
このアイデアを西日本旅客鉄道に持ち込んだのが、JR西日本コミュニケーションズ(グループの総合広告代理店企業)と、JR西日本イノベーションズ(コーポレートベンチャーキャピタルに加えて0→1の新規事業立上げを担う)だ。そして2022年の春ごろに3社でXR事業に関するコンソーシアムを組成した。
JR西日本イノベーションズの竹村謙佑氏は「将来的に鉄道に乗るお客さまが1割減り、余暇のデジタル化が加速する前提に立った際、エンターテインメント領域に流入する人が増えると考え、XR分野に可能性があると考えました」と当時を振り返る。
JR西日本コミュニケーションズの秋友宏紀氏も「コロナ下に話題になった渋谷区公認の『バーチャル渋谷』などの先行事例を見て、大阪をテーマにしたメタバースを検討していました。私たちは西日本エリアの駅や車両の交通広告も管理しておりますし、新たな広告としての価値づくりができる可能性を秘めていると考えていました」と語る。
コンソーシアムでは、西日本旅客鉄道が全体を統括しながら、JR西日本イノベーションズとJR西日本コミュニケーションズとともに事業戦略や個々の具体策提案を考え、スポンサー探しなどの営業活動を行う体制とした。そして2022年8月13~28日に仮想空間上で行われたイベント「バーチャルマーケット2022 in Summer」(HIKKY主催)のワールド内に「バーチャル大阪駅」を関西初のメタバース上の駅として出展した。
大阪駅(うめきたエリア)の世界初の「フルスクリーンホームドア」を開業に先駆けて再現したほか、当時は大阪駅には停車していなかった「関空特急 はるか」の乗車体験、ECサイト連動ブースの出展、リアルな大阪駅では掲出できない場所を活用したダイナミックな広告など実施。また、リアルな大阪駅では、バーチャルと連動したお笑い芸人のライブやVTuberとコラボしたカフェも展開。仮想空間と現実空間を使ったこれら施策の効果計測も行った。
「一番反響が大きかったのは、当時、まだ登場していなかったフルスクリーンホームドアの乗車体験で、非常に多くの人に利用いただきました。投資した金額以上のPR効果を得て、それを外部に示すこともできました」(竹村氏)