被災地を復興させるためには、多くは民間の組織が提供している医療・看護・介護サービスを、震災前同様に復活させなければならない。

 だが、どうすればいいのか、誰にもわからない。能登半島地震で求められる災害対応は、従来のやり方とは違うからだ。従来の災害支援は、国・都道府県・市町村が連携してやってきた。医師や看護師派遣を担当したのは、日本赤十字社などの認可法人、国立病院機構などの独立行政法人だ。このような組織は、公平性の観点から、特定の民間組織を重点的に支援できない。

若手医師・看護師が復興支援に動けない理由

 この問題を解決するには、現場で試行錯誤を繰り返すしかない。これは若手にとって魅力的な仕事だ。東日本大震災では、東京大学の若手医師たちが、長期間にわたり、被災地の病院で診療し、その結果をまとめて、実績を挙げていった。彼らが浜通りに惹かれたのは、被災地の役に立ちたいという気持ちと、そこで力をつけたいと願ったからだ。

 能登半島でも、同じような活動をしたいと考えている若手医師や看護師はいる。ところが体制整備が追いついていない。福島県立医科大学の山本知佳看護師は、能登半島の福祉避難所で看護業務を担当したが、「年休をとって出向いた」という。「能登半島で働きたい気持ちはあるが、現状では難しい」そうだ。それは、業務の一環として能登半島で活動することが学内のコンセンサスとなっていないからだ。東日本大震災で、全国から支援を受けた福島県立医科大学でも、この有様だ。国の災害対策であるDMATには積極的に協力するが、自分の頭で考えて動くことができない。

 山本さんは、神戸大学を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院に勤務。「被災地を支援したい」と、2017年に南相馬市立総合病院に移った。福島赤十字病院を経て、現在は福島県立医科大学の坪倉研究室で勤務している。災害看護の専門家だ。

 山本さんは研究職だ。病院看護師と異なり融通が効く。実地調査を含めて、能登で働けば、被災地の住民の役に立つはずだ。なぜ、彼女のような人材が活用できないのだろうか。

 医療界には、この手の話が山ほどある。前出の小坂医師も能登での長期間にわたる診療を希望している。その際の問題は、「内科専門医の資格取得が遅れること」(小坂医師)らしい。内科専門医の資格認定は、一般社団法人日本専門医機構が定めている。彼らが能登半島での勤務を「地域医療研修」に認定すればいいだけだ。

 大学病院の若手医師の多くは任期付き雇用だ。福島県立医大の場合、厚労省、復興庁、環境省、日本医療研究開発機構(AMED)などの研究費から給与が支払われていることが多い。能登半島での勤務・研究を希望しても、「研究のミッションと違うので、後日、問題となるのが面倒」と尻込みすることが多い。大学や役所から目をつけられ、契約が更新されないことを恐れるのだろう。

 これは研究費の運用の問題だ。研究費を管理している役所の大臣が方針を明示すればいい。このあたり、大臣がやる気になればすぐにでもできる。研究費の目的外使用と怒る国民などいないはずだ。

 以上が、私が考える能登半島復興の問題点だ。復興には中長期的に現地で働く人材が必要だ。どうやって、体制を整備するか、当事者目線での議論を進め、試行錯誤を繰り返す必要がある。

上昌広
(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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