この研究によれば、2011年3月の死亡率は、震災前の4年間の同月と比較して、男性で2.64倍、女性で2.46倍も上昇していた。この研究では、津波による溺死や地震による圧死など災害による直接死を除外している。東日本大震災直後の1カ月間で、間接的な理由による災害死が激増していたことになる。

 では、どんな理由で亡くなっていたのだろう。それは肺炎だ。震災後1カ月間に相馬市、南相馬市では津波以外の理由で165人が亡くなっていたが、このうち47人は肺炎だった。全体の28%を占め、震災前の16%より高い。

 肺炎で亡くなった47人のうち、19人の詳細な病歴が入手できた。そのうち17人(89%)で誤嚥が関与していると考えられた。森田医師は「東日本大震災で病院のスタッフが不足し、十分なケアが出来なかった可能性があります。口腔ケアを励行し、誤嚥を予防することが重要です」という。

 その後、熊本地震、能登半島地震でも誤嚥性肺炎の増加は確認されている。被災地支援にあたる医師や看護師にとって、誤嚥性肺炎の予防は最も重要なポイントだ。誤嚥性肺炎以外にも、浜通りでは、高血圧・糖尿病の悪化や心筋梗塞・脳卒中の悪化が確認された。

中長期の「復興」に取り組む医師が足りない

 被災地の復興の重要課題の一つに、健康問題と中長期的に向き合うことが挙げられる。このためには、医師を確保しなければならない。浜通りの問題は、医師が不足していることだった。2020年末時点で、相双地区の人口10万人あたりの医師数は143人だ。全国平均(257人)の56%で、発展途上国並みだ。

 この問題を解決するには、現地の医療機関で中長期的に勤務する医師が必要だ。DMATや日赤からの短期派遣では対応できない。医師を集める際に重要なことは、被災地で勤務する「成功モデル」を作ることだ。

 東日本大震災発生当時、私は東京大学医科学研究所で特任教授として、研究室を運営していた。この研究室で学んだ東京大学医学部、医学系大学院の卒業生からは、前出の森田知宏医師以外に、坪倉正治、尾崎章彦、西川佳孝、藤岡将、齋藤宏章、山本佳奈医師らが常勤医として被災地で診療した。坪倉、尾崎、齋藤医師は、現在も浜通りで診療を継続している。

 彼らの経験は学術的にも貴重だ。200報以上の論文を英語で発表し、坪倉、尾崎、西川、森田、齋藤、山本医師は、このような論文により東京大学などから博士号を取得した。

 彼らの活動は世界から注目を集めているようで、2021年3月に米『サイエンス』誌が5ページにわたって特集し、編集部から私に「新たな公衆衛生のあり方で世界中が注目している」と連絡があった。昨年、坪倉医師は北大西洋条約機構(NATO)から招聘され、ルーマニアで講演しているし、坪倉・尾崎医師には米軍からも「定期的に情報交換したい」と連絡があった。

 先輩の活躍は後進にとって刺激となる。東京大学医学部を卒業し、現在、鹿児島県で初期研修中の小坂真琴医師が、今春、福島での勤務を開始する。

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