モンゴル帝国の初代皇帝チンギス=ハン(Wikipediaより)

 経済学における経済の主体は、国家、企業、家計です。このうち国家だけが法律をつくり、軍隊に代表される暴力手段をもっています。合法的に刑罰を課すことができるのも国家だけです。

 したがって、国家は現実の経済に大きな影響を及ぼします。例えば、経済学的に正しいことでも、国家は法律でそれをさせないこともできます。逆に言えば、国家が適切な政策をとらないと経済は成長できません。国家がどのような制度をつくるか、それが経済成長にとって非常に重要な要素になります。

 人類の歴史において、国家は無数の戦争をしてきました。中でもモンゴル帝国は、代表的な「戦争国家」です。騎乗能力に秀で弓矢を武器に高い攻撃力を持つ戦士からなる騎馬軍団によって、短期間に広大な帝国を築き上げた事実があります。しかし一方でこの帝国は、経済成長を促進するためにいくつもの優れた制度をつくっていたのです。

競争で経済成長を促進

 1206年にチンギス=ハンが建設したモンゴル帝国は、1240年代から70年代にかけて、キプタク、チャガタイ、イルの3ハン国に分割されます。そして、これらの諸国が大ハーン(元の皇帝)の権威下に緩やかに統合され、帝国が全体の統治を受け持つシステムができあがります。

 この3ハン国体制において、それぞれのハン国は強い独立性を持っていました。同時に、それぞれのハン国は、他のハン国との間で刺激し、牽制しあうような競合関係にありました。この国家体制が、より無駄が少ない、経済効率的な国家運営の実現に寄与したと考えられています。