サクッという衣の歯ごたえのあとにじゅわっと押し寄せる肉の脂。ごはんを一口、味噌汁少々。キャベツを豪快に頬張って口直しをしてから、また次の一切れ。
とんかつ、キャベツ、味噌汁、ごはん。この最強の組み合わせを前にすると、食べることに夢中になって、決まって無口になる。
「とんかつは和洋中のどれ?」と聞かれたら、十中八九の人が「和食」と答えるだろう。ごはんと味噌汁、という和食に欠かせない品々との相性を考えたら、そう答えて当然という気もする。
だが、考えてみてほしい。とんかつは、肉料理である。「なにを当たり前のことを!」と言われそうだが、ちょっとガマンして読み続けてください。
日本に「肉食」の習慣はなかった
日本では、7世紀後半から肉食が表向き禁じられてきた。一般に肉を食べるようになったのは、鎖国が終わりを迎え、文明開化の時代になってからのこと。その間、およそ1200年。肉を使った調理法や、肉料理に必須の香辛料を使う習慣も、日本の台所には無縁だった。
日本の食事文化を考えるとき、「肉食」の導入は大きな転換点だ。「Before Christ=BC(西暦紀元前)」と「After Christ=AC(西暦紀元後)」にならって、「Before Meet=BM(肉食以前)」「After Meet=AM(肉食以後)」と呼びたいくらい、エポックメイキングな出来事だったのである。
肉食以前、日本では外国から肉料理が入ってきたとき、それをいかに肉以外のもので代用するか、という工夫がなされてきた。「あんパン」の回で少しふれたが、饅頭はもともとは肉の入った点心のようなものだった。それが、日本に入ってから肉が小豆にとってかわり、最終的にはお菓子になった。
肉食以後は、食べなれない肉料理を日本人の口に合わせるべく、調理法や材料の試行錯誤が重ねられてきた。つまり、肉を使った定番メニューの多くは、文明開化以後に伝来し、日本風のアレンジを加えられたものなのである。
初回に取り上げたカレーは、その典型だ。ただ、カレーがいまだに「洋食」のイメージを保っているのに対し、とんかつは違う。本来、洋食由来だったはずの食べものが、すっかり和食と化した料理なのだ。