揚げ物ではなかった「とんかつ」誕生秘話

豚肉の炒め焼きが遂げた画期的な進化とは

2011.06.10(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 サクッという衣の歯ごたえのあとにじゅわっと押し寄せる肉の脂。ごはんを一口、味噌汁少々。キャベツを豪快に頬張って口直しをしてから、また次の一切れ。

 とんかつ、キャベツ、味噌汁、ごはん。この最強の組み合わせを前にすると、食べることに夢中になって、決まって無口になる。

 「とんかつは和洋中のどれ?」と聞かれたら、十中八九の人が「和食」と答えるだろう。ごはんと味噌汁、という和食に欠かせない品々との相性を考えたら、そう答えて当然という気もする。

 だが、考えてみてほしい。とんかつは、肉料理である。「なにを当たり前のことを!」と言われそうだが、ちょっとガマンして読み続けてください。

日本に「肉食」の習慣はなかった

 日本では、7世紀後半から肉食が表向き禁じられてきた。一般に肉を食べるようになったのは、鎖国が終わりを迎え、文明開化の時代になってからのこと。その間、およそ1200年。肉を使った調理法や、肉料理に必須の香辛料を使う習慣も、日本の台所には無縁だった。

 日本の食事文化を考えるとき、「肉食」の導入は大きな転換点だ。「Before Christ=BC(西暦紀元前)」と「After Christ=AC(西暦紀元後)」にならって、「Before Meet=BM(肉食以前)」「After Meet=AM(肉食以後)」と呼びたいくらい、エポックメイキングな出来事だったのである。

 肉食以前、日本では外国から肉料理が入ってきたとき、それをいかに肉以外のもので代用するか、という工夫がなされてきた。「あんパン」の回で少しふれたが、饅頭はもともとは肉の入った点心のようなものだった。それが、日本に入ってから肉が小豆にとってかわり、最終的にはお菓子になった。

和食と化したとんかつ。「サクッ」の直後に「じゅわっ」がやってくる

 肉食以後は、食べなれない肉料理を日本人の口に合わせるべく、調理法や材料の試行錯誤が重ねられてきた。つまり、肉を使った定番メニューの多くは、文明開化以後に伝来し、日本風のアレンジを加えられたものなのである。

 初回に取り上げたカレーは、その典型だ。ただ、カレーがいまだに「洋食」のイメージを保っているのに対し、とんかつは違う。本来、洋食由来だったはずの食べものが、すっかり和食と化した料理なのだ。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。