朱肉なしハンコ市場で8割超のシェアを持つシヤチハタ。コロナ禍では当時の河野太郎・行政改革担当相の発言を契機に“ハンコ廃止論”が起こるなど逆風も吹いたが、その後、同社はアナログなハンコビジネスとデジタル化を見事に共存させた。どのようにしてピンチをチャンスに変え、今後はどんなビジネスに新たな活路を見いだそうとしているのか。創業家出身の舟橋正剛社長に話を聞いた。
30年ほど前にサービスを開始した電子決裁システムが伸長
──コロナ禍での逆風を追い風に転じさせた一番の要因はどこにありますか。
舟橋正剛氏(以下敬称略) コロナ禍でビジネスパーソンの出社がままならなくなったことで、オフィスでのハンコ需要が少しずつ減っていったことは否めません。ただ、われわれは以前からパソコンやスマホで書類にハンコが押せる電子決裁システムの「Shachihata Cloud(シヤチハタクラウド/1995年のサービス開始当時は、電子印鑑『パソコン決裁』)」を提供してきましたので、そちらのサービスに注力できました。
これはワードやエクセル、PDFなど一般的なファイルに対応しており、パソコンやタブレットなどの画面上でクリックすればデジタル上でハンコが押せるサービスです。実際のハンコと同じ印影にしている点などこだわりが随所に詰まっていますが、実はコロナ前までは長らく低迷していました。
しかし、いつかきっと社会のお役に立てるという信念を持ってクラウド化などの技術開発を継続してきたのです。そこにコロナ禍でテレワークが広まったため、Shachihata Cloudのサービスを使っていただくチャンスだと考えました。お試しで数カ月間の無料提供サービスを開始したり、テレビやインターネットを介して販促も打ったりしたことで認知度も上がっています。
──電子決裁サービスを最初に世に出したのは今から30年ほど前の1995年。その頃からデジタル化の波を予見されていたのですか。
舟橋 私は1997年にシヤチハタに入社したので、リリース当時のことは詳しく分かりません。ただ、95年といえばマイクロソフトOSのWindows95が出た年です。あの頃はまだパソコンが1人1台という時代ではありませんでしたが、先代社長を含めた当時の経営陣は、パソコンが普及し、その波がやがてスマホやタブレットにも及び、紙で行っていたことは必ずデジタルに置き換わっていくという危機感を持っていました。
先々を見据えて電子決裁サービスの開発に着手したわけですが、開発を外部に委託して丸投げするのではなく、これまで培ってきたシヤチハタの技術をベースに、自分たちもしっかり勉強し、基本的には内製化を目指すことにしました。
とはいえ、われわれには知見が足りない分野でしたから、開発ノウハウに関して外部企業のアドバイスが必須です。そこでアスキーを創業された西和彦さんにお願いし、アスキー・ネットワーク・テクノロジーさんの協力を仰いだわけです。当社から出向したり先方からも人材を送っていただくなど、人材交流も活発に行いながら地道に開発を続けていきました。
──Shachihata Cloudの差別化ポイントは。
舟橋 紙からデジタルに移っても仕事のやり方は従来と変えずに済み、利用してみて煩雑さを感じさせないサービスにすることを重視しています。DXのハードルをなるべく低くしようというのが基本コンセプトです。
また、日本では企業全体の9割以上は中小零細企業が占めていると聞きますので、サービスの対価もそうした企業に寄り添えるものにしなくてはいけません。われわれの主なネーム印の商品は1本当たり1800円ほどからご購入いただけますので、ネーム印を毎年1本ずつ買っていただくような価格に抑えようと、1印影当たり月に110円でお使いいただけるようにしました。
お客さまのニーズは電子決裁に加え、勤怠管理や名刺管理、経費精算など多岐にわたりますので、われわれも年々開発範囲を広げて、徐々にサービスをカスタマイズしてご提供しています。