タニタ代表取締役社長の谷田千里氏(撮影:内海裕之)

 長年、体重計や体組成計などを開発・販売してきたタニタは、2010年代以降ヘルシーメニューを提供する「タニタ食堂」や「タニタカフェ」を展開し、総合健康企業へと変貌を遂げている。「健康をはかる」ことから「健康をつくる」ことへと事業を拡大させてきた同社の今後の展望や、会社員とフリーランスのいいとこ取りを目指したという働き方改革の成果について谷田千里社長に聞いた。

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2023年10月11日)※内容は掲載当時のもの

体重計メーカーから「総合健康企業」になった契機

――総合健康企業を標榜されていますが、どんなことがきっかけだったのでしょうか。

谷田 千里/タニタ代表取締役社長

1972年大阪府吹田市生まれ、51歳。1997年佐賀大学理工学部卒。船井総合研究所などを経て2001年タニタ入社。2005年タニタアメリカ取締役。2008年5月から現職。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」事業や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などを展開し、タニタを「健康をはかる」だけでなく「健康をつくる」健康総合企業へと変貌させた。著書に『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)がある。
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好きな言葉または座右の銘:「一粒で2、3度おいしい」(物事は思い描いた通りに成功するとは限らない。二つ以上の目的を定めて、何らかの成果が得られるように準備して新しいことに取り組むことにしています。
尊敬する経営者:豊田章男氏(トヨタ自動車代表取締役会長)、増田宗昭氏(カルチュア・コンビニエンス・クラブ代表取締役会長 兼 CEO)、元谷一志氏(アパグループ社長兼CEO)
変革リーダーにお薦めの書籍:『キオクノアトサキ』(Taika Yamani.著)/実際に起こりえないシチュエーションに対して、ここまで細部を詳細に考えることは、ビジネスで仮説を立てるときにも重要な視点です。緻密に構築されたディテールを感じてみてください。

谷田千里氏(以下敬称略) もともとの出発点は、私が社長に就任した2008年にタニタが赤字に陥っていたことです。その赤字を止めるべくいろいろ試行錯誤していた中で、大きなターニングポイントになったのが、2009年3月、NHKの『サラリーマンNEO』という番組で当社の社員食堂を取り上げていただいたことでした。

 同じく2009年には社員向けに「タニタ健康プログラム」の提供も開始しました。これは、「はかる→わかる→きづく→かわる」という健康づくりのPDCAサイクルを実践するためのソリューション機能です。

 実は社長就任時、子会社で健康計測機器と健康データサービスをコンシューマー向けに提供していたのですが、赤字続きでした。機器が使いにくいと社内から不満が上がっていたため、全社員に商品を配り、自分たちで使ってみたことが始まりです。その結果、このプログラムによって社員の医療費削減に効果があったことから、2014年以降は自治体や外部企業にも提供を開始しました。

 さらに2010年、『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房)という本が大ヒットしたことで、「タニタの社員食堂で食べてみたい」という電話が当社に殺到しました。「社員向けなので一般の方はご利用いただけない」とお断りする日々でしたが、あまりの反響の大きさから、どなたでもご利用いただけるタニタの食堂を出そうと考え、2012年に東京・丸の内にタニタ食堂を出店したのです。

――タニタでは「Healthy Habits(健康習慣)for Happiness」とスローガンを英語で掲げているくらいですから、タニタ食堂もグローバル展開を考えていくのでしょうか。

谷田 現在、タニタ食堂は国内で24店(直営、FC、メニュー提供店を含む)出店していますが、もちろん海外展開も検討していきます。

丸の内タニタ食堂
タニタ食堂の日替わり定食とタニタコーヒープレミアムブレンド

 ただ、タニタ食堂の献立はヘルシーさと味を両立させるためもともと原価が非常に高く、しかも、こうした健康的な日本食は調理にも微妙な繊細さが求められるため、意外とハードルが高いのがネックです。そういう意味では2018年から出店を開始した、野菜を摂れるスムージーやフードメニューなどもある「タニタカフェ」(27店/直営店・FC・コラボ店を含む)のほうが海外では展開しやすいかもしれません。

タニタカフェ(コレド室町店)
凍らせたカットフルーツ、球状の蒟蒻ゼリー、チアシードや豆腐を使用して、噛み応えを出したタニタカフェの「カムージー」

 コロナ禍だったこの3年は体温計の売れ行きが非常に良く、アルコール検知器の引き合いも高かったのですが、それもだいぶ落ち着いてきましたので、ようやく本格的に海外に目を向けていくステージの入り口までは来たかなと考えています。

──国内では少子高齢化が進んでいるため、高齢者向けの食事メニューのニーズがますます高まっていくと思います。

谷田 いま、高齢者でも咀嚼しやすい、あるいは誤嚥しにくい柔らかい食べ物の提供へ、食品メーカーが総じてシフトしていますし、冷凍食品などもしかりです。

 しかし、高齢者にもできるだけきちんと噛んで食事を召し上がっていただきたいですし、冷凍食品のセットメニューなどを揃えてしまうと、自分でご飯を炊き、おかずも作る自炊生活を怠ってしまいます。自炊することは頭を使いますし認知症予防にもなりますので、日常の生活機能を衰えさせてしまうことにつながるような商品の開発は今のところ考えていません。スローガンのHealthy Habits for Happinessに照らしても、長い目で見てお客さまの幸福にはつながらないと考えるからです。