温室効果ガスの実質ゼロを目指す「カーボンニュートラル」に加え、ここにきて「ネイチャーポジティブ」への対応が本格化している。生物多様性の損失を止め、自然再興を目指す取り組みだが、その難易度は高い。そこで本連載では、『カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ サステナビリティ経営の新機軸』(野村総合研究所編/中央経済社)から内容の一部を抜粋・再編集し、国内企業の取り組みを紹介。サステナビリティ経営の新たな在り方を考察する。
第2回は、キリンHD、日本製鉄ほか鉄鋼セクターの取り組み事例を紹介する。
<連載ラインアップ>
■第1回 人間の活動により価値は40%減少、自然資本の損失が企業活動に与える「3つのリスク」とは?
■第2回 キリンHD、日本製鉄、神戸製鋼所…国内企業は生物多様性の保全にどうコミットしているのか?(本稿)
■第3回 明治HDの「アグロフォレストリー農法」、花王の「ハイリスクサプライチェーンからの調達」とは?
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キリンHD
長年のサプライヤーエンゲージメントの実績があるスリランカの紅茶葉生産地に対象を絞ってLEAPアプローチを実施し、生物多様性へのコミットメントを進める
■キリンのTNFD開示推進
キリンHDは、TNFDのLEAPアプローチに沿った事業活動による自然への依存・影響の分析を進めています。その中でも長年サプライヤーエンゲージメントを行ってきた実績があり、自然への依存度も高い紅茶生産に対応ターゲットを絞った優先的な対応を進めています。
これまでに行ってきている自社の自然関連の対応状況を整理し、過去の経験から実行しやすいコモディティ、またはセグメントから対応実施を進めることで、自社に蓄積されたノウハウを生かした自然資本対応が可能となると筆者は考えています。
■スリランカの紅茶農園に対するLEAP分析とサプライヤーへのエンゲージメント
キリンビバレッジの主力商品である「キリン 午後の紅茶」は、発売より30年以上スリランカの紅茶葉を使い、その事実をマーケティングにも利用しており、原料生産地への依存度が高くなっています。現地とコミュニケーションを取りアプローチできる対象であることから、スリランカの紅茶葉生産地について、LEAPを使った評価を実施しています。
この分析の結果、対象として分析した10農園の多くが、固有種が多数生息している山地熱帯雨林や低熱帯雨林に位置し、近隣に国立公園や保護区が位置しているにもかかわらず、生物多様性の保全に貢献する有効な対策がないことがわかりました。
これら対象地域への対応策の1つとして、キリンHDでは2013年から継続しているより持続可能な農園認証取得支援のトレーニングによって自然資本へのインパクトの緩和に寄与できる項目が多くあり、スリランカの自然資本の課題の解決に有効であると判断しています。
紅茶葉の栽培では、水と土壌は品質を支える依存度の大きい要素であり、分析の結果でも、水の利用や化学肥料・農薬利用を通じて、生産地の自然に影響を与えていることが判明しました。
2021年にスリランカ政府が「スリランカを世界初の有機農業100%の国にする」と宣言しましたが、適切な有機肥料が用意されておらず、米の生産量が半減するなど、農業が大きな影響を受けました。この際も、有機肥料の利用に知見を持つレインフォレスト・アライアンスが、大きな影響を受けないような支援を紅茶農園に実施しています。
キリンHDが提供する認証取得のためのトレーニングでは、適切な農薬や肥料の使い方を学ぶことができるため、土壌汚染や劣化、生態系への影響を軽減し、単位面積当たりの収量を上げることが可能です。