日本企業は「新しい技術で性能の良いものさえ作れば、顧客は必ず付いてくる」という技術信仰から長く抜け出せずにいた──。そう指摘するのは、早稲田大学商学学術院経営管理研究科教授の長内厚氏だ。前編に続き、2024年4月に著書『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版した同氏に、かつて栄華を誇りながらも凋落した日本の半導体産業が学ぶべき「戦略転換の成功事例」について聞いた。(後編/全2回)
■【前編】最先端ではなく「10年前の半導体」を作るJASMに政府が大型投資をする納得の理由
■【後編】ソニー「CMOSセンサー」成功の秘密、4代目岩間社長から継承した「引き算の発想」とは(今回)
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ソニー「CMOS」への大胆な戦略転換を生んだ要因
――前編では、ラピダスとJASMの比較を通じて、日本の製造業復活に必要な経営戦略の在り方について聞きました。著書では日本企業による半導体製造の成功事例として、ソニーのCMOSイメージセンサーに触れていますが、このケースではどのような点に着目すべきでしょうか。
長内厚氏(以下敬称略) ソニーはかつて、ビデオやデジタルカメラ、スマートフォンといったカメラの撮像素子としてCCD(Charge-Coupled Device:電荷結合素子)を主流としていました。しかし、今日では多くの製品の撮像素子をCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor:相補性金属酸化膜半導体)に置き換えています。
その理由は、CMOSの方がCCDよりも性能が良いから、という訳ではありません。前述したように(前編「最先端ではなく「10年前の半導体」を作るJASMに政府が大型投資をする納得の理由」を参照)、半導体製造のビジネスにおいては、たくさん安く作ることが重要です。
その条件に照らすと、製造コストが安いCMOSが適していたのです。さらに、CMOSには低照度での撮影に強いという特徴もあるので、CMOSに特化した機能・性能の開発によって、従来のCCDよりも価格的にも性能的にも優れたセンサーを作ることができたのです。
――CMOSのほうが安いからこそ、大量に安価で作ることに成功し、普及に至ったということですね。
長内 そうですね。ソニーは「機能的・性能的に優れているだけでなく、市場で求められるものを作る」という意思決定を通じて、CMOSの世界トップシェア獲得につなげました。
一方で、現在でも高画質が求められる特殊用途のカメラにはCCDが使われていますから、市場や顧客に応じた戦略を替えていることも分かります。
多くの日本企業は、機能・性能を進化させるために技術を使うことを得意とします。一方で、製品を安くするために技術を使うことは不得手なようです。つまり、何かを付け足す「足し算」を得意する一方、何かを「引き算」することが苦手なのです。
その「引き算」を実現した点において、ソニーのCCDからCMOSイメージセンサーへのシフトから学べる点は大きいはずです。そして、引き算ができたからこそ「顧客を見て、数を追う」という戦略が可能になったのだと考えています。