私は、1970年代にパリ大学の大学院に籍を置いてフランス現代史の研究を行っていたが、フランスの博士号には「国家博士号」と「大学博士号」の二種類があった。後者は、旧植民地のアフリカ諸国などから留学する学生用に、少し審査基準を緩くした博士号である。前者は全く格が異なり、完璧なフランス語で高度な内容の博士論文を書かねばならないが、合格するとフランス国籍を取得できる。

 ヨーロッパから帰国したばかりの私には、外国の大学で、母国語でない言葉を操って首席で卒業するというのは、想像を絶することであった。驚愕する私に対して、彼女は笑いながら、「首席で卒業したというのは、学生が一人だったからなの」と説明した。

 彼女はカイロ・アメリカン大学での語学研修を1年で終了し、(父親のコネを使って)カイロ大学の2年に編入し、アラビア語を使って勉強し、トップで卒業したという触れ込みなのであった。私も、グルノーブル大学でフランス語に磨きをかけた後、パリ大学に移ったので、語学研修→専門分野の本格的な勉強というコースは理解できる。私の場合、パリ大学大学院への正式登録が既に終わっており、少しでもパリでの勉強が捗るように、夏休みの7、8月を語学研修に充てたのである。

 小池氏の略歴のうち、「カイロ・アメリカ大学・東洋学科」というが、「東洋学科」は存在しない。もちろん、当時の私がエジプトに詳しいわけでもなく、どのような学科が存在するかなど、知りようもなかった。また、「学生が一人」というのも、発展途上国の大学ならそんなこともあるのかと思い、彼女の言葉を信じたのである。

会見でさらりと「首席」を否定

 しかし、「学生が一人だけ」というのも、真っ赤な嘘であることは、下記に引用するように、後に彼女自身が記者会見で否定している。また、「首席」というのも虚偽であった。

 2018年6月15日の都知事記者会見では、小池氏は次のように説明している。

【記者】では、首席卒業されたということは、はっきりと断定はできない、難しいというところがあるということでしょうか。

【知事】非常に生徒数も多いところでございますが、ただ、先生から、「非常に良い成績だったよ」とアラビア語で言われたのは覚えておりますので、嬉しくそれを書いたということだと思います。

 この会見では、「首席」ということを事実上否定している。さらに問題なのは、「非常に生徒数も多い」と述べていることである。私には、「学生は一人だった」から「首席」だと説明している。

 これは、私の聞き間違いでも、記憶ミスでもない。私は、日本人の中ではフランス語能力は高いほうだと思う。妻がフランス人だったので毎日フランス語しか使っていなかったが、それでも、パリ大学では私が首席には絶対になれないことを痛感した。フランス語が母国語ではないからである。

「才媛」小池氏と凡人の自分を比べて、内心忸怩たるものがあったからこそ、今でも、その当時の彼女の説明を昨日のことのように明確に覚えているのである。

 40年近く、私は嘘の説明を信じ込まされていたのである。彼女の言を信じていただけに、不愉快である。個人的な感情はさておき、学歴などについて嘘をつくことは、公職選挙法上の虚偽事項公表罪に相当する。