ぜいたくな「家庭の味」だった昭和のドーナツ

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(9)ドーナツ

2019.03.08(Fri) 三保谷 智子
筆者プロフィール&コラム概要
ドーナツ。今では店で気軽に買えるが、かつては家庭で揚げていた。

 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。
 なお、『栄養と料理』は現在も刊行している(http://www.eiyo21.com)。

 昭和も半ば、筆者が子どものとき、母はおやつにドーナツを作ってくれた。家じゅうにドーナツを揚げる油のおいしい香りが漂い、幸せな気持ちになった。が、そのドーナツの香りが移った油は濾(こ)して料理に使い回していたので、その後、しばらくはいため物なども“ドーナツ風味”の料理が続いた。

 各家庭にはホーロー引きの三角や丸い油濾し器があって、揚げ物をした後には油は油濾し器にあけて調理台の下の日の当たらないところ(いわゆる冷暗所)に納めていた。油は安価ではなかったし、何よりも「食べ物は無駄にしない」という精神が息づいていた。当時、天火(オーブン)がある家は珍しく、ドーナツは家庭で作るおやつの1つ。手作りの味は格別だった。

 その後ドーナツは、チェーン店が提供するさまざまな大きさ、味、形、食感、種類のものが登場し、あれこれ選んで買うものになった。アメリカ企業との事業提携の末、日本に「ミスタードーナツ」第1号店が大阪府箕面(みのお)市内にできたのは1971(昭和46)年。近年、「クリスピー・クリーム・ドーナツ」が話題になって行列ができることもあったが、今ではコンビニでもドーナツを揃えるようになった。日本では1970年代以降に出回った「ダンキンドーナツ」が1998年に閉店し、一方のアメリカではほとんどのミスタードーナツがダンキンに変わるなど、変遷もあった。

 筆者の思い出は東京・池袋駅の地下中央通路にあったダンキンドーナツの売り場。駅構内を多数の人びとが行き交う場所にあった。そして、父が選ぶのは決まって「オールドファッション」。オーソドックスだが変わらぬ味が今となっては懐かしい。

「栄養と料理カード」では、戦前から「ドーナツ」が登場する。

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三保谷智子(みほやともこ)

栄養と料理』元編集長。2011年4月から香川昇三・綾記念展示室勤務。学芸員。

東京都出身。1977年立教大学文学部史学科卒業後、香川栄養専門学校栄養士科(現 香川調理製菓専門学校)へ進学、「栄養士」の資格を取得。その後、1979年女子栄養大学出版部雑誌編集課に入職、約30年『栄養と料理』の編集に携わる。1988年より2011年まで、10年間編集長を務める。途中、同部マーケティング課、書籍編集課に在席。

独立行政法人国立健康・栄養研究所外部評価委員。「食生活ジャーナリストの会」会員、NPO法人「野菜と文化のフォーラム」会員、NPO法人「くらしとバイオプラザ21」理事。現在、『栄養と料理』で連載「レシピの変遷シリーズ」を執筆中。


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