「こたつでミカン」の光景はなぜ生まれたのか

冬の風物詩の盛衰、かつては迷信で避けられていた時代も

2019.02.01(Fri) 佐藤 成美
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「こたつでミカン」の光景。近年はだんだんと見られなくなってきている。

 かつて、冬のお茶の間にはミカンは欠かせなかった。手が黄色くなるのを心配するほどミカンをたくさん食べたものだが、今はそんなこともないという人もいるだろう。ふと、「山盛りミカン」の光景が甘い香りとともによみがえってきた。

冬の風物詩の姿も減り・・・

 若者の間では昭和レトロブームが続いているという。昭和の冬の光景といえば「こたつでミカン」だった。ミカンは箱で買い、食卓にはミカンのかごがあった。手を伸ばせばいつでも食べることができる身近な果物だったはずだが、いつからか、あまりミカンを食べなくなった。八百屋や果物屋の店先にミカンが占める割合も減っているような気がする。

 実際、ミカンの消費は激減し、生産量も最盛期だった1970年代の5分の1ほどまでに減っているという。この現状は寂しい限りだ。

 それにしても、思い起こすとあの頃、なぜあんなにミカンがあふれていたのだろうか。

 温州ミカンの親が明らかに

 私たちが食べているミカンは「温州(うんしゅう)ミカン」である。温州ミカンは、夏ミカンやオレンジ、キンカンなどとともに柑橘類と総称されるもののひとつ。柑橘類は香りがよく、果汁の多い実をつける果樹のことだ。

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サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。


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