戦後の栄養不足を救ってきた油で揚げた「ごちそう」

「栄養と料理カード」でたどる昭和レシピ(6)天ぷら

2018.06.22(Fri) 三保谷 智子
筆者プロフィール&コラム概要
天ぷら。エビなどの魚介類、また野菜などに、小麦粉を水で溶いた衣をつけて油で揚げる。

 1935(昭和10)年創刊の月刊誌『栄養と料理』(女子栄養大学出版部刊)の2号目から付録についたのが1枚の小さなカード「栄養と料理カード」。健康に留意したおいしい料理が誰でも作れるように、材料の分量や料理の手順、火加減、加熱時間、コツなど納得のいくまで試作を重ね、1枚のカードの表裏に表現。約10×13cmの使いやすい大きさ、集めて整理しやすい形にして発表した。
 この「栄養と料理カード」で紹介された料理を題材に、『栄養と料理』に約30年にわたり携わってきた元編集長が、時代の変遷をたどっていく。
 なお、『栄養と料理』は現在も刊行している(http://www.eiyo21.com)。

「天ぷら」は日本を代表する料理のひとつだ。デパートやスーパーの総菜売り場、街の総菜店の天ぷらの座は揺るぎない。その様子を見るにつけ、家庭で作る機会は少なくなったと痛感する。

 総菜売り場の天ぷらは種類も多く、色合いもよく、時間が経ってもサクッとしている。しかし、筆者は天ぷらにしたい素材が手に入ったときには、自分で作る。天ぷらは“揚げたて”が一番おいしいからだ。

 筆者の体験では、天ぷらは、昭和時代は盆や暮れの帰省時や法事、祭りなどで大勢が集まるときのごちそうには、必ずといっていいほど登場した料理だった。皆で揚げて大皿にたっぷり盛り合わせて食卓に並べた。時季の魚介類や野菜類に衣をつけて揚げれば立派な主菜になるし、誰にも喜ばれた。

 そもそも天ぷらは、江戸時代に江戸の屋台で食べられた庶民の食べ物だったが、戦後の食糧難時代は油も配給制で貴重品であった。その後も油は高価であり、贈答品として重宝された時代があった。今は植物油の種類も増えて健康志向の油も加わり、普通油は特売の目玉商品になっている。

 日本人の1人1日あたりの油脂類の摂取量を見ると、1946(昭和21)年1.7g、1955(同30)年4.4g、1975(同50)年15.8g、2013(平成25)年は10.3gと推移している。

 昭和20~30年代の食卓が貧しかったことは『栄養と料理』の記事からも分かる。「一日一人三瓦(グラム)の配給油を上手に使えば」「油の使い方・食べ方(一日一人十グラムに)」「油は料理の時間を早め、穀物のとり方も減らせます」などとある。栄養過剰時代の現在とは正反対。当時は栄養不足を補うために、油脂類をはじめ油の摂取を勧めていた。

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三保谷智子(みほやともこ)

栄養と料理』元編集長。2011年4月から香川昇三・綾記念展示室勤務。学芸員。

東京都出身。1977年立教大学文学部史学科卒業後、香川栄養専門学校栄養士科(現 香川調理製菓専門学校)へ進学、「栄養士」の資格を取得。その後、1979年女子栄養大学出版部雑誌編集課に入職、約30年『栄養と料理』の編集に携わる。1988年より2011年まで、10年間編集長を務める。途中、同部マーケティング課、書籍編集課に在席。

独立行政法人国立健康・栄養研究所外部評価委員。「食生活ジャーナリストの会」会員、NPO法人「野菜と文化のフォーラム」会員、NPO法人「くらしとバイオプラザ21」理事。現在、『栄養と料理』で連載「レシピの変遷シリーズ」を執筆中。


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