その戦果はほどなくもたらされた。外観どおりに建物のなかは狭く、汚かったというが、外国人の女性の裸をじゅうぶんに堪能できて満足だったという。続けて、ストリップショーが終了すると、想像もつかないことが始まったと隣人は語った。「個室」というキーワードを意味ありげに発した後、ニヤニヤ顔で黙して語らない彼に、「個室とは何か」と問い詰めても、ついぞ口を割ることはなかった。それは実際に自分で行って、確かめろということらしい。謎が残った。しかし、覚えなければならないことは膨大にあり、いつの間にか記憶の片隅へと追いやられた。

 翌春、僕は第一志望には合格しなかったが、二番目のサクラは咲いた。隣人は、志望校すべてを不合格となって二浪が決定したかと思いきや、H大学になんとか補欠でひっかかったと退寮後に噂で聞いた。それは彼の志望校だった。

 ストリップショーの後に行われたという「何か」。20年来の謎の答えを、僕はこの『ストリップの帝王』を読むことにより知った。

銀行マンからの転身

「ストリップの帝王」とよばれた男にスポットをあてたルポルタージュである本書は、「昭和の影の部分」をつまびらかにした良書である。ストリップは、江戸時代に出雲阿国が始めた「遊女歌舞伎」が原型だと言われている。そのストリップが全国に広まっていった昭和の時代。ヤクザと大立ち回りを演じ、警察の全国指名手配から逃げ、全国のストリップ劇場に影響力を持った男・瀧口義弘。彼はヤクザ者かと思いきや元銀行マンという顔を持つ。

 ヤクザの「あがり」の要求を毅然と突っぱねながら、持ちつ持たれつの良好な関係を維持し、ピーク時の月収は1億8000万円もあったという。途方もない月収であるが、彼は金に執着がなく、そのほとんどを大好きなギャンブルに湯水のごとく費やす。