ストリップの帝王』(八木澤高明、KADOKAWA)

 記憶のなかにあるそのピンク色の建物を思い出しながら、僕はこのストリップの帝王(八木澤高明、KADOKAWA)を手に取った。「長町デラックス劇場」とは、いわゆるストリップ劇場である。当時「浪人生」で、社会的には「無職」にカテゴライズされる自分には、肩身の狭さから入場するという選択肢はなかった。ただ、いつも閉まっているように見えるその店の前を、たまに通る時だけは横目でじっくりと観察しながら通り過ぎた。若い僕にとって、得体のしれないその店に対する興味は尽きることがなかった。

 夏のある日、寮のとなり部屋の住人が何を血迷ったのか「オレはデラックスになる」と宣言した。マツコデラックスが、まだ世に出ていなかった時分の話である。デラックスになるという言い回しは、高校生だったら「スクールカースト」の上位に位置すると思われる、寮のイケてる者たちの集団が使いだした造語だ。東北の各県から仙台へとやってきた、大半が田舎者の我々だったが、感度の高い、集団の上位に位置する彼らは、早々に「長町デラックス劇場」に目をつけており、なかにはすでにデラックスデビューした者もいたらしい。隣人は、その体験談をたっぷりと聞いたという。

 予備校の寮にはもちろん門限があり、夜にしか開いていないであろう「長町デラックス劇場」へと入場するためには、門限やぶりが必須である。親の脛をかじって、大学生という身分を手に入れるために、粉骨する日々を過ごさせてもらっている、まだ何者にもなれていない我々がデラックスになどなれるはずもないのだが、そう忠告しても、隣人は聞く耳を持たなかった。逆に、思春期も過ぎ、大人への階段を登り終えるかどうかという健康な男子にとって、勉学よりも大切な何かはきっとあるのだと、隣人は僕に向かって説いた。

諜報部員の報告に残った謎

 その不毛なやり取りがバカバカしくなった私は、悩める主人公の背中を押すチームメイトのように、さわやかな笑顔を浮かべて「行ってこい」と言った。それは本当の意味での応援などではなく、同じ学力を有するであろう受験のライバルを一人でも蹴落とすという打算と、デラックスになった彼からもたらされるあの建物の中身の情報を聴きたいという欲望との、2つの意味合いから出た言葉だった。目立たない場所の窓のカギを開けておくことを約束し、決行日を聞いた。予備校の友人付き合いなど、一過性のものだと考えていた僕は、彼を使い捨ての諜報部員として利用しようとしたわけである。