寒くなってくると、やかんに手が伸びる頻度が高くなる。お茶やコーヒーの用意をして、火にかけたやかんが音を立てるまで待つ。私はこのなにもしない隙間の時間がけっこう好きだ。
とはいえ、ちょっとぼーっとしていると、すぐにやかんはシュンシュンとささやきはじめる。それでも放っておくと、やがて蓋がカタカタと鳴り出す。
私が愛用しているやかんは、プロダクトデザイナーの柳宗理がデザインしたステンレスケトルだ。もう10年以上使い続けているので、油ハネやら汚れやらでだいぶ貫禄が出てきた。「早く沸くやかん」のキャッチコピーで広く知られているから、とくにデザインに興味がなくても見たことがあるという人は多いだろう。
「ケトル」と言いつつも、その姿は昔懐かしいやかんの形だ。ただ底がふつうよりも平べったく広い。だから、コンロの火をあますところなく受けて、お湯が早く沸く。そんなわけで空白時間は、いつもあっという間に終わりを迎え、そそくさと私はお茶を淹れる。
やかんは「薬缶」と書く。読んで字のごとく、薬に関係するものだった。それがどうして湯を沸かす専用の道具になったのだろうか。今回はお茶を飲むために使われる「沸かす」道具に絞ってその変遷をたどってみよう。
湯沸かし専用の道具は茶の文化から
きれいな水に豊富に恵まれている日本では、昔から湧水や井戸水などの生水が飲用に用いられてきた。そのため、煮炊き用を除いて湯を沸かす必要性にはそれほど迫られていなかった。