デジタル技術やAIの台頭など、変化が激しく不確実性の高い時代において、今、多くの企業で「パーパス経営」が注目されている。こうした「同じ経営理念やパーパスを信じる人たちが共に行動する」という理想的な民間企業の姿は、見方によっては「宗教」にも通底する部分があると言えるのではないか。本連載では『宗教を学べば経営がわかる』(池上彰・入山章栄著/文春新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。世界の宗教事情に詳しいジャーナリスト・池上彰氏と、経営学者・入山章栄氏が、宗教の視点からビジネスや経営の在り方を考える。
第2回は、イノベーションを起こすために必要でありながら、多くの日本企業から失われている「両利きの経営」の重要性について論じる。
<連載ラインアップ>
■第1回 なぜ不可能の連続を成し遂げられるのか?ソフトバンク・孫正義氏の「センスメイキング」とは
■第2回 「今の日本にはイノベーションが足りない」、ホンダ、ソニー、アップルが行っていた「知の探索」はなぜ重要か?(本稿)
■第3回 スノーピークやユーグレナにはなぜ熱狂的ファンが集まるのか? いい意味で"宗教的な"企業が増えている理由
■第4回 松下幸之助、本田宗一郎、稲盛和夫…「お金のためだけじゃない」経営は、なぜ長期的に企業を成長させるのか?
■第5回 アメリカ企業のCEOは、なぜ破格の年俸をもらっても周囲から妬まれないのか?
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ホンダやソニーは「知の探索」をしていた
池上 第一章の最後で、ホンダは統制がとれていないのに、ときどき大成功するという話がありました。ホンダジェットをつくった藤野道格さんは、おそらく研究開発が面白くて仕方なかったんだろうと思うんです。
かつてのソニーもそうですけど、ひたすら面白がっている人たちがいて、思いもよらない発想をもとに革新的な製品をつくってきた。でも、会社の規模が大きくなると、突拍子もないことをやろうとする人はどうしても少なくなる。最近の日本企業がイノベーションを起こせない原因は、このあたりにある気がしますね。いかがですか?
入山 おっしゃる通りです。イノベーションを起こすには、新しいアイデアを生み出して、新しいことにチャレンジしなくてはなりませんが、それができなくなっています。
新しいアイデアというのは、既存のあるアイデアと別のアイデアのかけ合わせで生まれるものなんですね。つまり知と知の組み合わせで新しい知を生み出すわけです。この知の組み合わせを、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは「新結合」と言いました。
ところが、人や組織は認知に限界があるので、どうしても目の前にあるものを組み合わせてしまいがちになる。すると、組み合わせの種が尽きてしまう。だから幅広く世界を見渡して、なるべく遠くの、かけ離れた知と知を組み合わせることが大事になります。これを経営学では「エクスプロレーション(exploration)」といい、私は「知の探索」と呼んでいます。
かつてのソニーやホンダの人たちは、小さな町工場でワイワイと意見をぶつけ合いながら、まさに「探索」をしていたと思うんです。藤野さんもアメリカの田舎で、自動車と飛行機の技術を組み合わせて「探索」をしていたことでしょう。
そして「探索」の結果、「これはうまくいきそうだ。儲かりそうだ」というポイントが見つかったら、今度はそこを深掘りして磨き込む「エクスプロイテーション(exploitation)」が重要になります。私は「知の深化」と呼んでいます。
この「知の探索」と「知の深化」をバランスよく行う人・組織は、イノベーションを起こせる可能性が高い。世界の経営学で広く主張されている組織理論で、英語では「アンビテクスリティー(ambidexterity)」と言うのですが、私はこれを「両利きの経営」と名付けました。
「知の探索」はコスパが悪い
池上 しかし、日本企業は「知の探索」をやらなくなってしまったと。
入山 はい。会社の規模が大きくなると自由な発想は失われがちですし、そもそも一般的に、人や組織は「探索」を避けて「深化」に偏る傾向があります。遠くにあるものを幅広く見渡すには当然、時間もお金もかかりますから。
池上 コスパが悪い。
入山 そうなんです。しかも失敗も多い。だから効率性を重んじる組織は、どうしても「深化」ばかり追求してしまう。しかし、儲かりそうな場所を深掘りすることだけをやっていると、短期的にはよさそうに見えても、長期的には新しいアイデアが生まれなくなって行き詰まります。
現在の日本は「イノベーションが足りない」と言われているわけですが、その根底には、多くの企業が「両利きの経営」のバランスを失って「深化」に偏りすぎている問題があると思うんです。