しかし、2020年の新型コロナ危機以降の景気後退局面で、日本、米国、欧州等多くの国が大幅に歳出を増やしたことで公的債務が急速に増えている。高齢化による社会保障費も増えるなかでこうした政策に頼るだけでは、脱炭素社会を実現するのは難しいと考えられている。

 そうした財政事情と排出削減につながる効果的な政策を考えると、カーボンプライシングをもっと拡充していくことが避けられないことが分かる。国際通貨基金(IMF)は2023年の「財政モニター」報告書において、カーボンプライシングの拡充を遅らせると、公的債務が大きくなることを試算して警告を発している(IMF 2023)。

 カーボンプライシングを導入している国が世界的に増えているが、温室効果ガスの排出費用を大きく高めるほど炭素価格が引き上げられた国は少ない。排出量取引制度の排出権取引価格(炭素価格)を見ると、スイスが最も高く80ドル台(1万2500円台)である。

 EUや英国も同様の水準で推移していたが、足元では景気減速による需要の低迷と世界のガス供給が安定したことで、炭素価格は各々60ドル台と40ドル台へ低下している。一方、中国や韓国は10ドル前後で推移している。

 カーボンプライシングが緩慢なペースで実践されている理由は、排出の多いセクターでカーボンプライシングによって生産費用が上昇すると、モノやサービスの販売価格に転嫁されるため、インフレを引き起こすことへの懸念もある。

 多くの国では2021年から物価高騰に直面しており、さらなるインフレにつながる政策に対して市民や企業からの支持は得られにくく、政治的にも実践に向けたハードルは高い。

 しかし、温暖化が急速に進む中で、今後は、世界各国では段階的にカーボンプライシングを拡充し、炭素価格が引き上げられていかざるをえないと予想しておいたほうがよいであろう。