白鷗大学名誉教授、ソフィア大学客員教授 高橋浩夫氏(撮影:宮崎訓幸)

 スイスの世界最大の食品・飲料会社、ネスレの全容を明らかにした『すべてはミルクから始まった』、米国の巨大ヘルスケア企業、ジョンソン・エンド・ジョンソンをクレド(信条、行動指針)の視点から描いた『“顧客・社員・社会”をつなぐ「我が信条」』、個性的な商品展開と利益率の高さで知られる日本のYKKの経営に迫った『YKKのグローバル経営戦略』(以上、同文舘出版)。グローバル企業についての著作を書き継いできた白鷗大学名誉教授の高橋浩夫氏が、フォルクスワーゲンを題材に自動車業界を取り上げた書籍『いま、車が変わる フォルクスワーゲンの経営戦略』(同文舘出版)を上梓した。

 前編に続き後編では、この本の主題である独フォルクスワーゲンと、日本のトヨタ自動車(以下トヨタ)の対比、そしてその背景にある国民性や文化・歴史の違いを深掘りしていく。

【前編】VW、アウディ、ポルシェは博物館でなぜブランド名を示さないのか? 日独で大きく異なる自動車文化
【後編】「内的成長」か「外的成長」か、フォルクスワーゲンとトヨタの経営における最大の違いとは?(本稿)

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トヨタとフォルクスワーゲン、経営における最大の違い

――『いま、車が変わる フォルクスワーゲンの経営戦略』(同文舘出版)では、ドイツのコーポレートガバナンスの特徴である「共同決定法」や、その問題点について触れています。さまざまな視点があると思いますが、世界の自動車生産・販売台数で長年首位を争っているフォルクスワーゲンとトヨタ、両社の差異を一つに絞って挙げるとすれば、どこになりますか。

高橋 浩夫/白鷗大学名誉教授、ソフィア大学客員教授(ブルガリア)

宮城県生まれ。1967年関東学院大学経済学部卒、69年同大学院経済学研究科修士課程修了、ニューヨーク大学客員研究員(1971~74年)、2001年「研究開発のグローバル・ネットワーク」で中央大学経営学博士。研究領域は多国籍企業論、国際経営論、経営倫理。著書に『すべてはミルクから始まった』『“顧客・社員・社会”をつなぐ「我が信条」』『YKKのグローバル経営戦略』『いま、車が変わる フォルクスワーゲンの経営戦略』(以上、同文舘出版)など。

高橋浩夫氏(以下敬称略)これはシンプルに答えられると思います。成長の方式がフォルクスワーゲンとトヨタは全く違いますね。

 半世紀ほど前に、ボストンコンサルティンググループのアベグレンさん(ジェームズ・C・アベグレン、1926~2007年)という、日本企業の経営の特徴を世界に知らしめた方が、ビジネスパーソンへの講演の場で語ったのが、「どうして日本の企業は、M&Aをやらないんだろう」ということでした。

 今はもう日本でも当たり前のことになりましたが、半世紀前だと、「企業買収」というのは、する方も、される方も、あまりいいイメージを持っていませんでしたよね。「乗っ取り」とか、モノのように売買されるなんて、と。

 日本の企業は、ひたすら自分の得意分野を磨きに磨いて、それによって成長していく。そういうスタイルが正しいんだ、と、「他人の力を借りず、自分たちだけでやっていく」企業文化といいますか、企業経営の共有の価値観があったと思います。ところが欧米、特に米国は全く異なりますよね。利益を求める株主に応えるためには、不採算部門は売り払い、収益が期待できる事業は他社のものであろうが買収して自分のものにする。

「内的成長方式」と「外的成長方式」の違いですね(インナーグロースとエクスターナルグロース)。後者は「企業買収していい事業を取り入れて企業価値を高めていくのが経営者の任務だ」という価値観です。

高橋 浩夫『いま、車が変わる フォルクスワーゲンの経営戦略』(同文舘出版)

 以前ネスレの本(『すべてはミルクから始まった』)を書きましたが、スイスの企業であるネスレも全くそういう価値観の会社です。グループ売上高930億スイスフラン(2023年、1フラン178円換算で約16兆5440億円)の巨大企業は、国内市場であるスイスやその周辺の事業にとどまっていたらこんな成長は生まれません。

 逆の言い方をしますと、ネスレはもともと小さい市場で生まれたので、外に出る、グローバル企業になるのが当然、最初からグローバル企業(これをボーングローバル企業という)にどうやってなるかという考え方があるわけです。そのための手段として、企業買収というのは大変有用で、使わない手はありません。

 海外の企業だろうが、いいところはどんどん買収してグループ化する。お菓子の「キットカット」は日本でも人気がありますが、もともとあれを作っていたのは英国のロントリーというチョコレートのメーカーです。1988年にネスレが買収しました。

 当時は英国で反対の動きもあったのですが、「われわれと共に全世界で成長していかないか」とネスレに口説かれて、傘下に入り、今や日本でも英国に次ぐくらいの売り上げがあるそうです。

 途中からネスレの話に逸れてしまいましたが、フォルクスワーゲンもまさしく、ネスレ同様、外的成長方式(エクスターナルグロース)を志向して成長しました。