永石氏は「ペロブスカイトは従来にない新しい技術の太陽電池ですが、屋根に設置する際は必ずしも新しい設備が必要ではありません。大切なのは、いかに早く、簡便にペロブスカイト太陽電池を社会実装できるかという視点です。ですから、屋根の設置に実績がある遮光シートの『留め具で設置』といったこれまで使い慣れた技術を活用し、設置のスピードアップを目指しています」と語る。北海道・苫小牧での実証実験もこの方式で設置して進めているところだ。

 実は、こうした工場や倉庫の折板屋根の面積は非常に広い。日本金属屋根協会によれば、ここ数年、金属屋根材は年間5万キロ平方メートルほど出荷されており、このスペース全てに太陽光発電設備を敷設できれば、それだけで日本で毎年設置される太陽光発電設備の発電量に匹敵する。

折板金属屋根が有する太陽光発電場所としてのポテンシャルを示すグラフ。毎年、設置される太陽光発電は直近5年で約5000MWほどだが、毎年敷設される金属屋根の全てに太陽光発電設備を乗せた場合、最大5000MWから最小3300MWの発電※1が可能。つまり、折板屋根だけで毎年設置される太陽光発電設備による発電量、約5000MWを賄える面積を有する。
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※1 日本金属屋根協会の発表では2021年の金属屋根の敷設面積は5万65キロ平方メートル。現在、1KWの発電に10~15平方mの面積が必要なことから試算。

 日揮は工場や倉庫といった折板屋根を有する事業者の中でも、「事業用大規模施設(事業用の床面積合計が3000平方メートル以上の建築物)」に照準を合わせて、導入へのアプローチを行う予定だ。こうした規模の事業者は屋根で発電したいニーズが多いといわれており、そうしたターゲットを絞ることで、ペロブスカイト太陽電池の導入を加速させ、ひいてはビジネスの早急な立ち上がりを目指している。

京都大学初のスタートアップ、ペロブスカイト専門のエネコートテクノロジーズ

 日揮が進めるペロブスカイト太陽電池の事業化を製造の面で支えるのが、2018年の1月に設立された京都大学初のスタートアップ企業「エネコートテクノロジーズ」。京大卒のCEOと現役の京大教授を最高科学責任者に配する45人規模で、ペロブスカイト太陽電池パネルの製造と販売を行う企業だ。

 スタートアップながら業界の期待は高く、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の総額2兆円というグリーンイノベーション基金事業のペロブスカイト部門で、カネカ、東芝、積水化学工業といった大企業と並んで提案したプロジェクトが採択されている。

左がエネコートテクノロジーズの社名ロゴ。Coatは「塗る」の意味で、ペロブスカイト素材を「塗って」太陽電池を作る点を強調した社名となっている。右は曇りでも室内でも発電可能を意味する「どこでも電源」という同社のトレードマーク
堀内 保/エネコートテクノロジーズ 取締役執行役員 最高技術責任者

製紙メーカーにて材料開発、電機機器メーカーにて材料やデバイス開発に従事。専門は有機合成化学、有機デバイス開発。学術論文(査読付)8報のうち1報は被引用件数1300を超え、特許は国内外120件以上取得実績有。2022年3月 エネコートテクノロジーズ取締役に就任。

 同社 取締役執行役員 最高技術責任者の堀内保氏によれば、その基本的なビジネススタイルは、日揮のような企業にペロブスカイト太陽電池を供給し、実際の社会実装は彼らに依頼するというもの。「そのため、エネコートテクノロジーズは特色ある社会実装が可能な企業や団体との連携を強めています」と述べる。

 堀内氏の言葉通り、同社は日揮をはじめ、KDDIとは「携帯電話基地局用電源」で、マクニカとは「室内用機器の自家発電用」、トヨタ自動車とは「車載の太陽電池」、三井不動産レジデンシャルとは「マンション共用部の電源」、自治体では東京都、神奈川県と連携を進めている。

 KDDIとの連携では携帯電話基地局に電気を供給する実証実験を始めており、2024年3月に群馬県内のアンテナ支持柱に電源用として円筒状のペロブスカイト太陽電池を設置。今後、1年間をかけて、ペロブスカイト太陽電池の発電効率や携帯電話基地局での活用における利点を評価し、最終的には従来の太陽電池では設置が難しかった場所にも「サステナブル基地局」の拡大を目指すとしている。

緑色の円筒がペロブスカイト太陽電池。円筒にすることで、あらゆる方向からの太陽光を発電につなげられる。〔出典〕KDDI

「未知の市場」への挑戦に自信

 日揮にとって今回の取り組みは、ペロブスカイト太陽電池の核となる技術や製品そのものをスタートアップから調達し、電気を商品とする「販売事業」を行うことを意味する。これは同社が今まで得意としていた受託業務とは大きく異なる市場への挑戦だ。

 成功するためには、新たなパートナーとの連携や、従来とは異なるイノベーティブな発想や方法が必要となる。だが、五十嵐氏は「今の日揮には、新しい連携やイノベーティブな取り組みの経験が豊富にあります」と自信をのぞかせる。

 その上で、五十嵐氏は次のように抱負を語った。「国内メーカー各社は2025年以降にペロブスカイト太陽電池を量産化する目標を掲げています。その量産に遅れることなく、発電システムの確立と事業化を目指したいですね」。

必ず事業化するという強い気持ちを内外に示すために、日揮では「どこでも発電所」というロゴメッセージを考案し、商標登録出願も済ませた
<連載ラインアップ>
第1回 失われた太陽光発電世界シェアを取り戻せるか? NEDOが支援する「軽くて曲がる」次世代太陽電池の大きな可能性
第2回 40年来の薄膜技術を活用、カネカが描く「ペロブスカイト太陽電池」が身近にある未来社会
■第3回 ぺロブスカイト太陽電池で「どこでも発電所」実現へ 日揮が乗り出す次世代太陽電池ビジネスの勝算(本稿)


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