サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)の風間八宏氏(撮影:宮崎訓幸)

 ベテラン選手をチームに迎え入れる時、彼らの「経験」は尊重しません──。川崎フロンターレのJ1優勝につながる土台を築くなど、独自の理論に基づいてサッカー指導者として結果を残してきた風間八宏(かざま・やひろ)氏。中でも注目したいのがベテラン選手の育成だ。川崎フロンターレでは、同氏の指導の下、当時30代だった中村憲剛元選手や大久保嘉人元選手が飛躍を遂げた。現在監督を務める南葛SCでは、元日本代表の稲本潤一選手(44歳)や今野泰幸選手(41歳)も指導している。前編に続き、後編では風間氏の育成論や組織論について聞いた。(後編/全2回)

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「“時計”となる選手」を見極めるのが監督の仕事

――風間さんの経歴を見ていると、30代を超えた選手を成長させるなど、ベテランへの指導にも定評があります。どのようなことを意識しているのでしょうか。

風間八宏/サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)

1961年、静岡県生まれ。清水商業高校時代にワールドユースに出場。筑波大学在学時に日本代表選手になる。大学卒業後はドイツ・レバークーゼン、レムシャイトなどでプレーし、1989年にマツダSC(現サンフレッチェ広島)に加入。1997年に引退し、桐蔭横浜大学サッカー部、筑波大学蹴球部、川崎フロンターレ、名古屋グランパスの監督を歴任。2021年からはセレッソ大阪アカデミーの技術委員長を務め、2024年からは更に、南葛SCトップチーム監督及びクラブ全体のテクニカルダイレクターを務めている。

風間八宏氏(以下敬称略) ベテランに対しては、今までの経験値を生かしてほしいとか、それをチームに伝えてほしいということは言いません。基本的に彼らの「経験」は尊重しません。むしろ「もっとうまくなる」「まだ成長できる」と本気で期待して向き合っています。南葛にいる今野(泰幸選手)も、ここへ来て相当うまくなっていますよ。

 名古屋グランパスで指揮を執っていた時、30代を超えたジョーという外国人選手が移籍してきました。イングランドの一流チームにも所属したことのある元ブラジル代表の選手でしたが、彼にもはっきり言いました。「今まで見たことのない自分になれ、俺はそれを見たい」「今まで通りやっている姿は見たくない」と。そのために特別なトレーニングを作り、彼もそれを全うして、その年の得点王になりました。全ての選手に対してその考え方です。

――チーム作りや組織作りで意識していることは何ですか。

風間 私はよく「時計を合わせる」と言いますが、チームの中で最もレベルの高い選手、技術の秀でている選手を見定めて、その選手にチーム全体の“時計”を合わせることを大切にしています。チームの中心に据えるとも言えるでしょう。

 仮にチームでトップの技術を持つ選手、努力している選手がいた時に、その選手を評価しなかったらフラストレーションが溜まって爆発します。小さい頃の跳び箱の授業でも、6段を飛べるのに2段から飛びましょうと言われたら退屈になりますよね。

 一番技術の高い選手、一番成長の見える選手を中心にして、その選手に一つ上のことを教えていく。それが私のチーム作りの考えです。

 ただし、同じ人がずっと“時計”になり続けるわけではありません。仮に、今まで2、3番手だった選手が伸びてきたならそこをきちんと評価する。その人をトップにする。これが「時計を合わせる」ことであり、監督の仕事です。きちんと評価されると、選手は「見てくれているんだな」と感じますし、他の選手も自分が評価されようとするでしょう。

 これは決して上位の選手しか見ないということではありません。そもそも組織に上も下もありませんが、時計を合わせるのは「チーム全体」を引き上げるための仕掛けです。なぜなら、時計となる選手がさらに上を目指せば、それについていこうとする選手が当然出てきます。こういう動きをチーム全体に見せることで、次第に他の選手も「レベルを上げなければ」と自ら動き出そうとします。

 ここでコーチの役割が重要になります。選手が自ら動き出そうとしたら、すかさずコーチがサポートしていきます。こうして組織全体が引き上げられていきます。ですから、私のチームは昔から私が担当する全体練習の時間は短く、その後のコーチとの練習や個別練習の時間を長く取っていますね。