元サッカー女子日本代表 澤穂希氏(撮影:本永創太)

 2011年のFIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会で優勝を果たした日本代表。このチームでキャプテンマークを巻いていたのが、澤穂希氏だった。世界ランク1位のアメリカ、2位のドイツを下す大躍進をけん引した澤氏は、どのようなキャプテンシーで世界に挑んだのか。Japan Innovation Review特別編集員の端谷祐人が聞き手となり、澤氏のリーダーとしての考えやルーツに迫った。

背中で見せるリーダーを目指してきた

端谷祐人 澤さんは弱冠15歳で日本代表に初招集されるなど早くから頭角を現し、1999年には女子サッカーの本場アメリカに渡られました。ある記事では、この渡米期間の苦労が後のご自身のリーダーシップ形成につながったと語られていますが、具体的にどのようなことを経験されたのでしょうか。

澤穂希氏(以下敬称略) まず直面したのはコミュニケーションの苦労でした。英語のハードルが高いのはもちろん、アメリカでは自分からきちんと意見を伝えないと相手に理解してもらえないことを痛感しました。私は人見知りでしたし、日本では、思っていても伝えず我慢してしまったり、上の人に言われたら意見があっても飲み込んだりという選手が多かったのですが、その姿勢はここでは通じないと思いましたね。

 だからこそ、自分から積極的に意見を発信するよう意識しました。また、日本に帰ってきても、その大切さを選手に伝えていきました。この経験がリーダーシップの入り口になったと感じます。