サントリー食品インターナショナル代表取締役社長の小野真紀子氏(撮影:宮崎訓幸)

 清涼飲料メーカー大手のサントリー食品インターナショナルは、2030年に売上高目標で2兆5000億円を掲げ、向こう3年間の成長投資枠も3000億~6000億円に設定するなど攻めの姿勢を打ち出している。本稿では前編に続いて同社の小野真紀子社長へのインタビューの模様をお届けする。後編となる今回は、2024年の年初に発表した会社のDNAに込めた思いや狙い、さらにサントリーグループとの協業で挑むRTD(レディ・トゥ・ドリンク=缶チューハイなど、ふたを開けてすぐに飲める飲料)分野での新戦略などについて話を聞いた。(後編/全2回)

<ラインアップ>
【前編】女性リーダーの登用を進めるサントリー食品インターナショナル、小野真紀子社長が海外事業で学んだ「チーム力」
【後編】サントリー食品の小野真紀子社長が語る、新たに定めた企業DNAに「Seikatsusha」(生活者)の文字を入れ込んだ理由(本稿)

日本流のマーケティングを海外に移植させる手段

――サントリーといえば、パーパスやバリューで掲げている「人と自然と響き合う」「やってみはなれ」「利益三分主義」といった文言が有名ですが、サントリー食品インターナショナルでは、それとは別に「わたしたちのDNA」として「Always Together with Seikatsusha(生活者の喜怒哀楽に寄り添い、潤い豊かな人生を提供します)」を年初に策定しました。消費者のコンシューマーでなく、あえて日本語の“生活者”の文字を入れた意図とは何でしょうか。

小野 真紀子/サントリー食品インターナショナル代表取締役社長

1982年サントリー入社。国際開発部でM&Aを担当し、ワイナリー買収などに携わる。フランスなど駐在を経て、2001年ハーゲンダッツでマーケティングを担当後、2015年グローバル人事部にて国内外の制度整備に注力。2020年にはOrangina Suntory France(現サントリー食品フランス)CEOとなり、2022年にはサントリーホールディングスにてサステナビリティ経営を推進。2023年にサントリー食品インターナショナル社長に就任し、現在に至る。

小野真紀子氏(以下敬称略) パーパス、バリューについてはサントリーグループ共通で、特にパーパスは非常に上位概念的にさまざまなものを包含しているイメージです。サントリー食品の「わたしたちのDNA」については別称で「Who We Are」を掲げています。

 当社の事業は、海外の売上げ比率が55%、収益面で見るとすでに7割超を海外で稼ぐ構造になっています。当然、社員数も海外の方が多くなっているという状況の中で、海外にいる社員から見ても理解しやすく、当社の事業そのものを体現しているようなDNA、そして誰もがよりどころとして立ち返ることができる文言がいいのではないか──そんな議論を私が社長に就いてから始めました。

 まず、そもそも私たちは何のために存在しているのかという観点から、海外拠点の社員も含めて「Who We Are」というテーマで議論をスタートさせました。当社で取り扱う商品は酒類と違って、老若男女を問わず、あるいは国内外を問わず、どなたでもお飲みいただけるものを提供させていただいている事業であり、そういう意味では商品ポートフォリオがとても広いわけです。

 そのため、例えばAという飲料商品がいつどこでどんな時に売れたのかといったデータだけでなく、Aの商品をわざわざ選んで飲もうとされている方の気持ちやインサイトにはどんなものがあるのか、そこまでつかんで寄り添っていきたいと考えています。ならば「消費者」ではなく「生活者」という文言の方がしっくりくるのではないかと思いました。

2023年度 決算説明会資料より
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――海外拠点の社員にも、消費者でなく生活者という起点から物事を考えてほしいということでしょうか。

小野 時代とともにお客さまのニーズも刻々と変化していく中で、特に日本では商品の中身設計やパッケージ、お客さまとのコミュニケーションの方法など、毎年もしくは2年に一度の頻度で変えています。

 逆に海外は変えることにあまり積極的ではなく、商品を取り扱っていただく流通小売り業者さんも、それほど新商品を求めていません。糖分を若干少なくするといった範囲で商品に手を入れることはありますが、海外ではむしろ、商品を変えることで既存のお客さまを失うリスクを気にするマーケターの方が多いのです。そこで日本のやり方をもう少し海外にも移植したいと考えました。

──どんな方法で移植していくのでしょうか。

小野 日本での消費者調査などを見ますと、実際にお客さまのご自宅に伺って、どんなブランドの商品がどのような飲まれ方をしているかを調査し、その結果からどんなニーズがあるのか深掘りしていく形でリサーチが行われます。その点、海外では通り一遍の調査しかしません。

 そこで日本流のリサーチ方法を、試しにフランスの拠点にも伝えてお客さまのご自宅を訪問してもらいました。すると、現地の社員が想定していたお客さまの購買動機とは全く違う動機で商品を買われていたことが判明したのです。そのズレを埋めるような商品リニューアルを実施しましたが、フランスを手始めに、同じような取り組みを他国の商品ブランドにも広げていきました。

――海外の社員の反応はどうでしたか。

小野 今年の3月から4月にかけて私が海外拠点を回った際、「Seikatsusha」の意味するところやわれわれの意図を説いていきました。これからも機会があるごとに繰り返し、かつ丁寧に説明して浸透させていく考えですが、既にだいぶ理解を得ることができつつある状況だと思います。

 生活者という言葉をわざわざ英語のセンテンスの中に日本語で入れることで、海外にいる現地社員たちにも浸透させ、お客さまのニーズを先取りし、魅力的な商品を出して競合の先を行く――。その結果、お客さまにさらに愛されるブランドを作っていくという好循環を築こうという考え方が、生活者に込めた思いです。

 当社の仕事は、お客さまに商品のバリューを感じていただき、ファンになっていただくところまでやらないといけません。海外ではとかくありがちな、商品を店頭に並べて終わりではないのです。そういうメッセージも生活者という言葉を通じて伝えたいと思いました。