F1の総合優勝を記念したホンダ本社の展示(2021年12月)
写真提供:共同通信社

 ホンダF1を30年ぶりの優勝へ導き、F1最強のパワーユニット開発の指揮を執った元ホンダ技術者・浅木泰昭氏。大きな危機に幾度も直面しながらも、オデッセイのヒット、大人気軽ワゴンN-BOXの開発など数多くの成功を収めてきた。本連載では、『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(浅木泰昭著/集英社インターナショナル)から内容の一部を抜粋・再編集し、稀代の名エンジニア・浅木氏が、危機を乗り越えて成功をつかむ過程を追う。

 第5回は、華やかなF1の舞台裏にある分配金システムの問題と、モータースポーツにおける環境保護の流れについて解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 「世界のホンダ」を襲った3度の大きな危機と、反転攻勢のきっかけとは?
第2回 開発現場にふらっと現れた本田宗一郎氏、社員を困惑させたひと言とは?
第3回 初代オデッセイ開発を通して名エンジニアが得た「大事な教訓」とは?
第4回 ホンダ社内ではバッシングの嵐、逆境のF1部門で名エンジニアが採った施策は?
■第5回 F1で優勝してもパワーユニットメーカーには「分配金ゼロ」、ホンダはいかに存在を示すか(本稿)


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パワーユニットメーカーにも分配金を

 ホンダのパワーユニットを搭載するレッドブルは2023年シーズン、22戦中21勝を挙げ、ランキング2位のメルセデスに大差をつけ、2年連続でコンストラクターズチャンピオンを獲得。マックス・フェルスタッペン選手は前年に自らが打ち立てた年間最多勝記録(15勝)を更新する19勝を挙げ、3年連続のドライバーズチャンピオンに輝きました。

 2023年シーズンのレッドブルの勝率は95.5%となり、1988年にアイルトン・セナ選手とアラン・プロスト選手がドライブするマクラーレン・ホンダが記録した16戦15勝の勝率93.8%を上回り、歴代最高勝率を更新しました。

 レッドブルとホンダはF1の歴史に残る偉業を達成しました。車体(シャシー)をつくるコンストラクターのレッドブルをはじめ各チームには、ランキングに応じてF1の運営会社から分配金が支払われます。分配金はF1全体の商業収入の約半分が充てられ、チームへの支払い総額は10億ドル(約1500億円)を超えるといわれています。一方で、パワーユニットを開発・供給する自動車メーカーにはそうした分配金のシステムは設けられていません。

 これまでF1に参戦する各自動車メーカーは広告宣伝費などの形で予算を確保し、自腹でパワーユニットを開発・供給してきました。パワーユニットはあくまでもマシンのパーツの一部という捉え方をされているのです。しかし今後も、こういうストーリーを継続するのは難しいと思います。

2023年9月に開催された日本GPでフェルスタッペン選手(右端)が優勝し、ホンダのパワーユニットを搭載するレッドブルが2年連続のコンストラクターズタイトルを決めた(写真/熱田 護)

 F1は2030年に二酸化炭素の排出量を事実上ゼロにする、カーボンニュートラル化を目指すと発表しています。この計画を実現するためには、技術力の高い大手の自動車メーカーと組む必要があると私は思っています。コンストラクターが持っている車体の技術だけでは実現は不可能です。

 パワーユニットを製造する自動車メーカーが確立した技術に頼らなければFIA(国際自動車連盟)やF1の運営団体はF1のカーボンニュートラル化を実現できずに環境保護の流れから取り残されてしまい、F1に未来はないと思います。

 車体をつくるチーム側だけでなく、パワーユニット側にも分配金を回す仕組みを構築するよう、ホンダはFIAやF1の運営団体に働きかけるべきです。同時に最先端の環境技術が搭載されているパワーユニットをつくることの大変さをもっと理解してもらうように訴える必要があります。それは技術的なことだけでなく、メーカーとして開発予算を確保することも含めてです。