東京大学大学院 工学系研究科 鳥海 不二夫教授(撮影:川口紘)

 AIは“生成AIだけではない”と認識することが重要だと思います――。そう語るのは、AI技術の社会応用を研究し、人工知能学会の編集委員会編集長も務める東京大学大学院 工学系研究科・教授の鳥海不二夫氏だ。
 AIにはさまざまな技術領域があり、生成AIはあくまでそのひとつにほかならない。生成AIには得意不得意があり、使い方を間違えれば企業のリスクになる。ときにはほかのAI技術を取り入れる方が効果のあるケースも多い。これらを踏まえて、適切に使い分けることが重要だという。
 さらに同氏は、企業が今まさに試行錯誤している生成AIの利用ルールやガバナンスについて、国や団体が整備するのを待つのではなく、欧州もしくは米国の動向を踏まえて企業が積極的にルールを作っていくことを提唱する。鳥海氏に具体的な話を聞いた。

製造業の工程終盤で生成AIを使うのは「むしろ危険では」

──多くの産業で生成AIをどう使うかに焦点が当てられています。この状況をどう見ていますか。

鳥海 不二夫/東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了(博士(工学))、同年名古屋大学情報科学研究科助手、2012年東京大学大学院工学系研究科准教授、2021年同教授。 計算社会科学、人工知能技術の社会応用などの研究に従事。 計算社会科学会副会長、情報法制研究所理事、人工知能学会編集委員会編集長などを歴任。科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)

鳥海不二夫氏(以下敬称略) AIは生成AIだけではない、と認識することが重要だと思います。なぜなら、生成AIを無理に使わなくて良いと感じる業界や業務もあるためです。むしろほかのAI技術を活用した方が良いのではと考えるケースも少なくありません。

 実際にこのようなケースがあるかは分かりませんが、たとえば製造業で生成AIを使う場合、特に工程の終盤で用いるのは難易度が高いのではないでしょうか。なぜならハルシネーションのリスク、つまり生成AIが理路整然と間違える危険性があるためです。

 製造業の最終工程はテストや検証を幾度も重ね、品質を厳重に確認して出荷するプロセスだと捉えています。それこそが製造業の生命線でしょう。ここに生成AIが入ることは、むしろ危険な気がしています。どのようなプロセスでその答えに至ったかが生成AIはブラックボックスであり、かつ理路整然と間違える可能性があります。その結果、生成AIの出した答えに対し、結局は人間が細かく検証しなければなりません。

 仮に製造業で取り入れるなら、概念設計段階などの工程の序盤、トライアンドエラーが可能なシーンが有用ではないでしょうか。そのほか、提案書の作成や日常の事務作業に生成AIを取り入れるのはもちろんメリットがあると思います。

 むしろ製造業においては、生成AI以外のAI技術を活用した方が十分な効果が見込めるケースも多いでしょう。

──具体的にはどのようなものでしょうか。

鳥海 ひとつはAIの画像認識技術です。製造ラインで不良品を画像検知するのはわかりやすい例で、すでに多くの企業が実践されていると思いますが、その精度は近年大きく上がっています。

 音に対するAIの認識技術も進んでおり、設備の故障予知や検知に使えるでしょう。そのほか、製造スケジュールの計画や人員配置の最適化はAIやコンピュータアルゴリズムで行えるようになっています。さらに近年は、エージェント技術とよばれる、自分の置かれた環境や状況を認識し、次の行動を主体的に選択する技術が発展しています。自動運搬ロボットはその代表であり、Amazonの倉庫で稼働するロボットを思い浮かべていただくとイメージしやすいでしょう。

 AIといってもたくさんの研究分野があり、生成AIはその中のごく一部です。それぞれのAI技術には得意不得意がありますから、それらを踏まえて使い分ける必要があるでしょう。人工知能学会では、AI全体を俯瞰する「AIマップ」を作成しています。その中にはAIの技術領域を一覧化した「AI技術マップ」や企業の課題別に有効なAI技術がわかる「AI課題マップ」もあります。まずはAI技術の全体像を把握し、その中で自社の課題に適した技術を探すことが重要なのです。