大手システムインテグレーター(SIer)のTISは、「ビジネスイノベーションユニット」という名の組織に、DXコンサルティングとビジネス開発チームを集約。実行力を伴ったデジタル変革の支援を行っているという。専門性と技術力を生かし、企業のビジネス課題を解決する尖(とが)ったDXパートナーとしてのポジションを目指す同社の特徴や強みをキーパーソンとなる3氏に聞いた。
新事業へのデジタル投資が少しずつ増えてきた
――いわゆる「2025年の崖」への対応など、日本企業が直面しているデジタル化の課題と、対応状況をどうみていますか。
神原博史氏(以下敬称略) 基幹システムの更改については、大手企業を中心に引き続き非常に大きな需要が続いています。全体ではまだ移行の途中ですが、一部の先行企業から完了し、徐々に周辺のシステムや、顧客接点を担うシステムなど、売り上げに直接関わるデジタルの領域に、投資対象が移ってきている状況です。
一方、直近の企業の関心は、やはり生成AIをどのようにビジネスに使うかです。セキュリティや、法的に問題なく活用するにはどうすればいいかなど、まだ多くの企業が調べている段階で、自社のデータ活用の課題と、AI活用をまとめてご相談をいただくケースが増えています。
川満俊英氏(以下敬称略) 加えてお客さまからは、新規の事業にデジタルをどう使っていけばいいかについても、引き合いが増えています。特に社会課題の解決を目指す事業開発の案件が多く、例えばデータを使った「農業×自社ビジネス」を立ち上げる例などがあります。また、カーボンニュートラルの取り組みで正確に温室効果ガスの計算をするため、新しいデータ基盤の構築が必要になるといった、デジタルに関係する課題が出てきています。
それに伴い、従来のIT部門からの派生でなく、事業部門主導のデジタル組織を立ち上げる動きも盛んで、ご相談をいただくケースも増えています。
――2025年対策など、守りのデジタル投資は、一巡してきたということでしょうか。
神原 対策が終わったのは、まだ一部のリーディングカンパニーに限られると思います。ただ、一時はITベンダーもシステム更改への対応に人員を奪われて、攻めのDXへの人を割けなかった状況が、少しずつ緩和されてきているところです。
ビジネスイノベーションの推進組織が急拡大
――依然としてシステム開発の需要が活況ということですが、TISでは5年ほど前からDX推進組織を立ち上げ、陣容を急速に拡大しています。組織の目的を教えてください。
中村知人氏(以下敬称略) 「ビジネスイノベーションユニット」という名前で、2017年に発足しました。当社の技術力をお客さまのビジネスの変革に生かしていく、まさにDXの支援のためのチームですが、最初は、お客さまの課題を聞き、解決策を提示するコンサルタントを20名程度集めた小さな組織でした。
しかし当社は、コンサルティングを事業の柱にしようとしているのではありません。組織の名称通り、目指しているのは、お客さま企業の新たなビジネスを創ることです。そこを意識しながら組織を大きくしてきました。そのためにコンサルタントは一定数必要ですが、同時に、データサイエンティスト、アジャイル開発のプロジェクトマネジャーなど、いくつかの機能を定めて、専門性の高いエンジニアを増やしています。現在では、組織のメンバーは約350名に増えており、お客さまのニーズにはある程度対応できる能力を持てるようになりました。
引き続き規模拡大は進めますが、今は次の段階として、「このテーマならTISしかない」とお客さまに言っていただけるような、強みを持つためのテーマ選定と、体制強化を進めています。
オフィスで働くロボットのプラットフォームを構築
――TISならではの強みとは何でしょうか。
中村 高い専門性を備えた技術力、戦略を実行できる能力です。ただし、それをジェネラルに広げていくのでなく、戦略的なテーマに対して磨き込み、唯一無二の領域として確立していきたいと考えています。
その戦略分野の一つとして、目下取り組んでいるのは「ロボット」のプラットフォームです。ロボットといっても、いわゆる産業用のロボットではありません。オフィス内で人といっしょに働く「サービスロボット」と呼ばれるジャンルです。
背景には、もちろん働き手の不足が進行する社会課題があります。オフィス内を人といっしょにロボットが動き回ることで、業務を効率化し、少ない人員をより生産的な業務に充てることができます。
ただ、当社自身が動くロボットを開発するわけではありません。機体そのものは、専業のメーカーが開発します。当社は、それが機能するためのプラットフォームの開発を担います。
というのも、オフィス内に1台、2台のロボットを置いて動かすだけなら、何も問題はありません。しかし、それではロボットによる業務効率化は実現できません。数十台、数百台のサービスロボットを動かすためには、充電のコントロールやエレベーターや廊下で人の邪魔にならないように動かさなければいけません。人とロボットの共存のためには、ロボットのプラットフォームが不可欠なのです。当社はこの分野で実績を積んでおり、すでに多くの実証実験に参加しています。
サービスロボットの開発で重要なことは、何でもできる汎用(はんよう)ロボットではいけないということです、警備や物販など、用途がはっきり決まっていて、初めてビジネスでの活用が見えてきます。そのため、さまざまなタイプのロボットが、1つのオフィス内を同時に稼働できるプラットフォームが必要なのです。
オフィスでのロボットの活用を、さらに踏み込んで考えると、ビルそのものをロボットが働くことを前提にした設計にしていくことになります。そこで、当社のエンジニアは、自らヘルメットをかぶって次世代のオフィスビルの建設現場にも出掛けています。
このサービスロボットプラットフォームの開発をはじめ、当社の以前からの強みである経営管理、サプライチェーンなどのソリューションや、データサイエンス、UI、AIなど、いくつかの重点分野を決め、お客さまへのオファリングとして提供することを目指しています。
自ら試した実行力を伴う提案で顧客の信頼を得る
――コンサルティングだけでなく、具体的なものづくりの部分まで責任をもって実行できることが強みなのでしょうか。
川満 そうです。私は前職で戦略コンサルタントとして活動していましたが、そこでの仕事は、お客さまに提案をした段階で終わっていました。事業戦略を経営層にアドバイスすることはもちろん大事なことですが、実行時に立ち会うことができないため、戦略が実効性を伴っているかということに、正直確信が持てませんでした。
TISに移った今も、戦略を立案してお客さまに提案する仕事という点では同じですが、コンサルティングから実際のプロダクト開発まで一貫して見通すことができるため、デスクトップ調査中心の世界より、確度が高い提案ができていると感じています。例えば新規事業のコンサルティングをする場合でも、新規事業の立ち上げを経験している人がするほうが、説得力は増すはずです。また、お客さまに導入するデジタルソリューションも、全て当社の社内で実践投入されている技術であり、間違いのないものだけをお勧めしている安心感があります。
中村 当社の強みである戦略から実行までの一貫した価値の提供は、グローバルにも展開しています。海外への直接投資も増えており、グローバル企業の海外でのデジタル戦略の事業化を支援することができます。本社がガバナンスを効かせながら、当社のグループ企業に必要な権限委譲を行い、出資案件なども機動的に進めることで、ビジネスチャンスを逃さずプロジェクトを進めることが可能になっています。
――DX支援組織は急拡大しています。デジタル人材が不足しているなかで、コンサルタントやエンジニアを急速に増やすことに成功している要因は何でしょうか。
神原 確かに人材獲得競争は激しいですが、採用はうまくいっています。いくつか成功要因があると思いますが、1つは、当社はどういう人材が活躍できる会社なのか、要件の解像度をかなり上げていることが効いているとみています。
応募者のかたに対して、単に「私たちといっしょにDXに挑戦しませんか」ではなく、データサイエンティスト、UXデザイナーといった、キャリア像を細分化して提示しており、それぞれに求めるスキルのレベルとキャリアを成長させるための研修プランを用意しています。当社の期待値をわかりやすく正確に伝えることができているため、採用につながるケースが増えていると思います。
川満 専門領域では未経験者の採用も進めています。ユニークなのは、未経験者の場合でも、配属予定の事業部門の部長クラスが応募者に直接当社が求める人材像を伝えていることです。もちろん、未知の領域に挑戦できる教育システムを整えており、判断のための材料を可能な限り共有することで、採用につなげています。
現場の生の声を聞き、言語化できない課題を顕在化する
――TISのDX支援事例には、どんな特徴があって、企業のどんな課題を解決しているのでしょうか。
川満 実はお客さまの側で、何が課題なのか、課題そのものが言語化できていないケースも少なくありません。当社が支援したあるハウスメーカーでは、事業戦略を実行する際に社内の視点からDXの課題を抽出するため、当社の社員がその会社のCIO補佐的な立場で関わらせていただきました。
その会社のIT部門は、システムの保守管理が業務の中心だったため、ビジネス開発の経験はありませんでした。そこで当社の社員が、社内の組織や各社員の役割もわかったうえで、IT部門をサポートして新規事業のデザインを進めました。
また、別のエネルギー企業の営業戦略のデジタル化、つまりCRM(顧客関係管理)の導入ですが、このケースでも当社の社員が、全国の営業所に同行し、ヒアリングした情報をもとに、デジタル化を進めました。
大企業の場合、本社部門が業務の課題を拾い上げようとしても、通常のレポートラインでは発見できない場合もあります。DXの実行案を検討するときに、現場を私たちの目で見てくることで、課題の解像度を上げてDXの成功率を高めることができると考えています。
神原 これは、デザインアプローチのなかで、「エスノグラフィー」と呼ばれる手法です。現場に根ざす活動は手間がかかりますが、当社として非常に大事にしており、お客さまからも高く評価いただいています。
――DX支援パートナーとして、これから力を入れたいことは何でしょうか。
神原 ビジネスイノベーションユニットとしては、まだ定着していない社会課題を、デジタルの力で解決していきたいと考えています。サービスロボットがその先例ですが、他にも、例えば脱炭素、地方創生といったテーマで、新しいテクノロジーを組み合わせて変革を実現する力を付けたいと思っています。そのためには、時代を先読みする能力も必要です。
中村 コンサルタントにとっては、現場での経験が最も成長につながります。ですから、できるだけ若いメンバーを現場に送り込む方針です。現場経験を経て、戻ってからの自身の課題を解消し、キャリアアップできる仕組みを回していきます。お客さまのDXを支援しながら、当社も成長し、経営課題、社会課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。