非鉄金属の素材メーカー、三菱マテリアルが独自のDX戦略「MMDX(三菱マテリアル デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション)」を推進している。同社のDX推進の中心には「人」がいると語る板野則弘CIOにその真意を尋ねた。
良質な人材のパフォーマンスを伸ばすことが企業の強みになる
──板野さんは三菱マテリアルのDX戦略「MMDX」の中心は「人」であると唱えています。なぜMMDXは「人中心の戦略」なのでしょうか。
板野則弘氏(以下敬称略) 日本企業の強みの一つは従業員の平均レベルがとても高いことにあります。ものすごく尖った人、優秀な人は確かに海外の企業の方が多くいるともいわれますが、平均値は日本の方が圧倒的に高く、世界一だと思っています。
CIOに就任してから、私は三菱マテリアルの各工場を回りました。よく組織の中でDXが進まない理由に人材不足が挙げられますが、現場に行ってみるとそうは感じませんでしたし、特に若手の社員から「僕たちにも何かできないですか」といった意欲的な話もたくさん聞けました。
こうした良質な人材一人一人のパフォーマンスを伸ばすことが、企業にとって非常に大きな強みになると考え、三菱マテリアルのDX戦略の中心は「人」であると位置付けています。
──DX推進を語る場合、とかく施策の推進側の論点や視点が中心になりがちです。
板野 DX推進によってシナジーを生み出すのは人なのに、です。ITの利活用においてよく議論になるセキュリティーの問題の場合がまさにそうで、セキュリティーの強度を高めればガバナンスを保ちやすくなりますが、従業員の利便性は狭まります。利便性が犠牲になっても構わないというのは管理側の理論であって、従業員側の理論ではありません。検討結果が同じであっても、まずは従業員がやりたいことを実現するにはどのようなセキュリティーだったらいいのかという観点から考えることも大切です。
私はIT戦略においてITガバナンスとITシナジーを表裏一体のものと考えています。厳しいITガバナンスが敷かれていても、従業員にとってそこがハッピーでいられる場所であれば、シナジーは生まれます。ITガバナンスを強くすることで統制を保つのではなく、三菱マテリアルという大きなITガバナンスの中にいるからこそ、従業員がメリットを感じ、モチベーションが高まる体制にしていくことが重要だと考えています。
──従業員ファーストで取り組むことによって、さまざまな成果が生まれるということですね。従業員にモチベーションを高めてもらうには評価も重要になるのではないでしょうか。
板野 ビッグデータを活用して、データドリブン経営に取り組む企業も増えました。これはデータの整理から始めなければなりませんが、その際、一定の人にデータの入力・集計という負荷がかかっていることを忘れてはいけません。ともすると集計されたデータを使って何かを生み出した人が評価される傾向もありますが、経営に生かせるデータを正確に抽出するには、まだ人が介入するケースが多いので、両者を評価するフェアな仕組みが不可欠です。