大学院大学至善館 理事長兼学長 野田智義氏(撮影:内藤洋司)

「経営」とは人を通じて事を為すことであり、「組織」とは一人ではできないことを実現する装置である。では、人と組織の力を最大限に引き出すために、経営トップが果たすべき重要な役割は何か──。これまで20年以上に渡り、多くの経営者、起業家、政策決定者を育成・輩出してきた大学院大学至善館 理事長兼学長の野田智義氏は、著書『コンテクスト・マネジメント 個を活かし、経営の質を高める』(光文社)の中でこう問いかける。その答えのカギとなるのが、「企業コンテクストのマネジメント」だ。いま、時代の岐路に立つ日本企業にとって重要な概念「企業コンテクスト」とは何か、野田氏に話を聞いた。(前編/全2回)

■【前編】米国でホンダ「スーパーカブ」大ヒット、偶然でも戦略でもなかった本当の勝因(今回)
■【後編】自由で挑戦的な組織の大前提、経営者が忘れてはいけない「人間の本質」とは

<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

日本の経営トップが見落としがちな「経営の質」という観点

――ご著書『コンテクスト・マネジメント』では、日本企業の経営者が自社の「経営の質」を意識し、問い直すことが重要であると述べられています。「経営の質」の良し悪しは、どのような時に見えてくるものなのでしょうか。

野田智義/大学院大学至善館 理事長兼学長

東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールより経営学修士号(MBA)、ハーバード大学より経営学博士号(DBA)取得。ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院特別生、ロンドン大学ビジネススクール助教授、インシアード経営大学院(フランス、シンガポール)助教授を経て帰国。2001年7月、全人格リーダーシップ教育機関であるアイ・エス・エル(ISL、Institute for Strategic Leadership)を創設。著書に「リーダーシップの旅」(光文社新書)がある。

野田智義氏(以下敬称略) 「経営の質」という言葉は、日本ではあまり馴染みがないでしょう。しかし、欧米のビジネスでは頻繁に使われる言葉です。

 私たち日本人は、商品やサービスの質にはとてもこだわりますよね。自動車にしても、料理にしても、家具にしても、匠の技としてのこだわりや誇りを追求します。一方で、企業の経営に「質」があるということを理解し、その質を高めることに重きを置く経営者は少ないのではないでしょうか。

 同じような企業であっても、ヒット商品を連発したり、新規事業に次々と成功し続けたりする企業もあれば、失敗を繰り返す企業もあります。また、社員が生き生きと主体的・自律的に働いている企業もあれば、忖度や受身の姿勢がはびこる企業もあります。

 これらの企業の違いこそが、「経営の質」の良し悪しから生まれています。

――「経営の質」とは具体的に、どのようなものなのでしょうか。

野田 経営には、失敗や予期せぬ想定外の出来事がつきものです。いくら優れた戦略を立てたとしても、その通りにいくことは滅多にありません。大事なことは、失敗や想定外の出来事に遭遇した際、どのような企業行動をとるかです。

 ある企業は、失敗や想定外の事態に出くわした時でも、臨機応変にピボット(方向転換、路線変更)し、アジャイル(俊敏、機敏)に変化しながら、しぶとくやり遂げます。しかし、別の企業はそれができずに市場からの撤退を余儀なくされるのです。どちらが「経営の質」が高いかといえば、もちろん前者でしょう。

 私は「自ら変革と創造をリードする経営者」のことを「経営者リーダー」と呼んでいますが、彼らにとって最も重要な役割であり責務こそが「経営の質を高めること」と考えています。

 経営を「人を通じて事をなすこと」と考えるならば、「経営の質」を上げることは「人の可能性を高め、組織としての能力を向上させること」です。いま、日本の全ての経営者リーダーが「経営の質を高めること」と向き合うべき時代にあります。