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 自社以外の技術や知識などを取り入れ、製品開発などに生かすオープンイノベーション。米国では活発だが、日本ではなかなか進まない現状がある。日本でオープンイノベーションを実現させるためにはどうすればいいのか。早稲田大学商学学術院の清水洋教授(イノベーション研究で最も権威ある国際賞の一つ「シュンペーター賞」を2人目の日本人として受賞)と、JIN(Japan Innovation Network)常務理事・IMSエバンジェリストを務める松本毅氏に聞いた。

※本稿は、2023年10月6日に開催された『JINオープン・イノベーション対話シリーズ第41回 競争戦略としてのオープンイノベーション~イノベーションを加速するオープンイノベーション~』を取材したものです。

市場に求められているのはインベンションでなく、イノベーションだ

 日本企業でオープンイノベーションが進まない理由として、イノベーションの意味を正しく理解していないことが挙げられる。

 一般的に、イノベーションとは「経済的な価値を生み出す新しい物事」を指す。ただ、新しい製品やサービスなどを市場に出すだけでは模倣されてしまう。そのため企業は参入障壁を構築したり、オリジナリティを付与するなどの戦略を立て、新たな物事を経済的な価値を生み出すものに転換させる。

 この「新しさの創造」と「経済的な価値への転換」を、他企業や市場と協同してオープンに行うのがオープンイノベーションだ。つまり、オープンイノベーションとは「『経済的な価値を生み出す新しい物事』のオープンな作り方」だと、早稲田大学商学学術院の清水洋教授は定義する。

 日本では「イノベーション」を「インベンション(発明)」と捉える傾向があり、外部の力に頼らず、自社の中だけで完結しようとする傾向も見られる。しかし、これでは膨大な時間がかかり、極めて狭い範囲だけで物事を考えることになってしまう。

 経営資源や組織能力のリソースには限りがある。そうした中でイノベーションを起こすために有効なのが、外部の力を借りるオープンイノベーションだ。ただし、その場合、どこで新たな価値を生み出すかを考えることが重要となる。「日本では良い製品を作ることで競合他社からシェアを奪う戦略を立てるが、米国では持続的に高い価値を創造するために、現在のビジネス構造そのものが根幹から変わるような仕組みを考える」と、清水教授は指摘する。

市場の力を借りて、自社にとっての障壁をなくす

 新しい価値の創造は、2つの視点からアプローチする。1つは「顧客の価値を規定するもの」、もう1つは「自社の価値を規定するものを無効化するもの」だ。

 1つ目の「顧客の価値を規定するもの」とはどのようなものか。分かりやすくするために、自社がビデオカメラの会社だと想定して説明しよう。

 あなたの会社がハイクオリティな映像が撮れるビデオカメラを開発していたとしよう。しかし、市場に出回っているディスプレイが低スペックで、顧客のインターネット回線が脆弱であれば、どうだろう。こうした状況では顧客はビデオカメラの真の価値を享受できない。つまり、製品の周囲の環境が障壁となって、せっかく良い製品を作り上げたとしても、宝の持ち腐れとなってしまうのだ。

 米国にはこの点を理解しオープンイノベーションにつなげた企業がある。例えば、GE(ゼネラル・エレクトリック社)は、機体を軽量化して燃費を向上させるジェットエンジンのブラケット(取り付け金具)の開発に悩んでいた。そこで自社が抱えている課題と求めるブラケットの詳細を公開して世界中からアイデアと設計図を募集した。そして、56カ国700点を超える中から最も優れた設計図を採用して、この問題を解決した。

 それだけではない。GEは世界中から集めたアイデアを公開して誰もが使用可能にすることで、自社が良いブラケットをより安く入手できる「環境」も作った。集めたデータを公開することで、ブラケットを製造する会社の参入障壁を下げて、新たな改良、発見が行われるきっかけを作り出したのだ。

 アップルも似たような戦略を採用している。誰でも簡単にアプリを作れるアプリ開発ツール「Xcode」を提供することで、App Storeに多種多様なアプリが展開される仕組みを作っている。これにより、アップル製品を選べばたくさんのアプリが楽しめるようになり、自社製品の価値を高めることに成功している。

 GEもアップルも、いずれも他企業を排斥するのではなく、市場の英知を結集させてイノベーションを生み出している。このように「経済的な価値を生み出す新しい物事」をオープンに作ることこそが、オープンイノベーションの真髄だ。誰もがビジネスに参入できる仕組みを作ることで、自社だけでは生まれない新しい価値を社会に生み出すことが可能になる。

 このように自社製品やサービスの補完財を他社に作ってもらうことは、オープンイノベーションの重要なポイントとなる。日本企業では自社の主力事業に一般公募のアイデアを使うことはリスクと捉えがちだ。もちろん米国企業も全ての機能を外部に委ねることはしない。GEでは設計と生産を別に考え、設計機能のみを公募対象とした。アップルでは、iPhoneなど製品そのものではなく、製品に付加価値を与えるアプリを対象としている。オープンイノベーションの推進には、自社の事業課題を分類し、自社で行う部分と外部の力を借りる部分の線引きを明確にすることが必要になる。