『ビジョナリー・カンパニー』『マネジメント』『競争の戦略』など、ビジネスリーダーたちが「座右の書」とするビジネス書の名著・古典は多数あるが、あなたは何冊読んだだろうか。本連載では、『見るだけでわかるビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者で、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が、多くのビジネスパーソンに読み継がれる名著を厳選。多忙な読者が名著のエッセンスを素早くつかめるよう、ツボを押さえた解説とイラストで毎回1冊紹介する。変化が激しく、不透明な時代でも、名著を通じ、ビジネスの「定石」を知ることは、あなたの仕事にきっと役立つはずだ。

 連載第1回となる今回は、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が著した不朽の名著『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』(翔泳社)を取り上げる。

<連載ラインアップ>
■第1回 『イノベーションのジレンマ』で考える、顧客の声は「救い」か「呪い」か(本稿)
第2回 『失敗の本質』に学ぶ、「組織の病」が企業にとって命取りになる本当の理由
第3回 『知識創造企業』に学ぶ、組織に絶え間なくイノベーションを起こすには?
第4回 『学習する組織』で考える、複雑すぎる世界で変革を遂げるための「5つの秘訣」
第5回 MIT上級講師の『U理論』に学ぶ、本物の「対話力」の鍛え方とは?
第6回 新規事業への横槍はこう封じる 「両利きの経営」実現のための4つの要件とは


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優良企業が成功するのも失敗するのも、実は理由は同じ

『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』(クレイトン・クリステンセン 著、翔泳社)、原書は1997年、邦訳は2000年に刊行された。
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「顧客の声を聞け!」
 この言葉に疑問を持つ人は、あまりいないだろう。多くのビジネスパーソンには、今までのキャリアの中で、顧客の声に真摯に対応したからこそ成功したという経験が少なからずあるはずだ。その経験を通じて、「顧客の声を聞く」ということは、あなたの行動パラダイムの中にしっかり組み込まれていると思う。
 だからこそ、「顧客の声を聞くから失敗する」という逆説的なメッセージは大きなインパクトを与えることになった。これは、クレイトン・クリステンセンが書いた『イノベーションのジレンマ』からの一つのメッセージだ。

 本書の第一章にこんな一節がある。

 簡単にいうと、優良企業が成功するのは、顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資するためだ。しかし、逆説的だが、その後優良企業が失敗するのも同じ理由からだ。顧客の声に鋭敏に耳を傾け、顧客の次世代の要望に応えるよう積極的に技術、製品、生産設備に投資するからなのだ。 

 つまり、企業は顧客の声を聞くから成功し、顧客の声を聞くから失敗していく。「顧客の声を聞け!」という指導は半分正しくて、半分は間違っているのだ。どういうタイミングで、どういう顧客の声に耳を澄ませるべきか。これを理解できない企業は、成功後に待ち受ける「ジレンマ」にどっぷりハマってしまうことになる。

 では、どうすれば良いのか? それを読み解くために、本書の内容を改めて読み返してみよう。
本書を通じたクリステンセンのメッセージは7つにまとめられる。(本人が巻末第十一章で7つに要点をまとめている)その整理に従ってクリステンセンのメッセージを理解していこう。

1.顧客ニーズ進化と技術進化のペースには「ギャップ」がある

 たとえば現在使っているスマートフォンを見てみよう。その機能を全て使いこなせている人はいるだろうか? 技術はどんどん改善され、持続的に右肩上がりに進化していく(=持続的イノベーション)。しかし、顧客ニーズはそんなに急角度には進展していかない。だから、顧客にとって「オーバースペック」の商品が生まれてくるのだ。裏を返せば、現在の顧客ニーズに本当に十分なレベルの商品は、全く異なる客層から生まれた技術スペックを大胆に引き下げた商品(=破壊的イノベーション)である可能性がある。

2.イノベーションのマネジメントは、「資源配分」が肝になる

 もちろん、「破壊的イノベーション」の脅威はどのプレイヤーも意識しているだろう。しかし、一番の難所は、資金や人財などの資源を未知の破壊的イノベーションに配分できるかどうかにある。そして、その資源配分には、既存領域の中で知識と直感を身につけてきたスタッフが大きく影響を与えている。そのスタッフは基本的に、 顧客の意見を聞きながら、持続的に技術を進化させていくことに価値を置いている。だからこそ、スペックダウンになる破壊的イノベーションには「頭ではわかっているけど、行動が伴わない」というジレンマに陥るのだ。


3.イノベーションは、技術だけでなく「市場発見」の挑戦でもある

 破壊的技術を、既存の主流顧客のニーズに無理やり合わせようとすると、ほぼ間違いなく失敗する。既存顧客に新たな破壊的技術を評価できる視点はない。大抵の場合は、見下され、笑われる。その技術を理解することができる「新たな顧客」を探さなくてはならない。つまり、この戦いは、技術面だけでなく、マーケティング上の挑戦でもあるのだ。