近年、戦略の複雑化が進み、企業はさまざまな分野で高度な戦略を展開している。だが、多くの企業が高収益を上げ、従業員に対する手厚い報酬を提供できているわけではない。なぜ戦略と実行が、一部の企業には成功をもたらし、他の企業にはもたらさないのか。本連載では、ハーバード・ビジネス・スクールで教えらている最先端の戦略理論「バリューベース戦略」を紹介した『「価値」こそがすべて! ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著/東洋経済新報社)より、一部を抜粋・再編集。戦略を簡素化し、圧倒的な成果につなげる新たなアプローチを解説する。
第1回目は、「バリューベース戦略」と従来の戦略との違い、そして、企業の価値を考えるためのシンプルな指標である「バリュースティック」について取り上げる。
<連載ラインアップ>
■第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?(本稿)
■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇
■第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか
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よりシンプルに、より良く
過去数十年の間に、戦略はますます洗練されてきました。もしあなたが大規模な組織で働いているならば、マーケティング戦略(消費者の嗜好を把握し、形成する)、企業戦略(シナジー効果を得る)、グローバル戦略(世界規模のビジネス機会を捉える)、イノベーション戦略(競争に打ち勝つ)、知的財産戦略(イノベーションの成果を守る)、デジタル戦略(ネットを活用する)、ソーシャル戦略(ネット上のコミュニティと交流する)、人材戦略(優れたスキルを持つ人を引き付ける)など、さまざまな戦略が社内に存在しているのではないでしょうか。そして、それぞれの領域で、優秀な人材が多くの緊急の課題に取り組んでいます。
もちろん、企業がこれらの課題をすべて検討するのは正しいことです。急速な技術革新、グローバル競争、気候変動や世界的なパンデミックによるサプライチェーンの混乱、そして進化し続ける消費者のニーズは、従来のビジネスのあり方を根底から覆そうとしています。世界経済の統合が進むにつれ、企業はグローバル戦略を必要とするようになりました。テクノロジーが消費者のニーズやそれを充足する方法を変えてしまうため、イノベーションとマーケティングを見直すことが不可欠となっています。もはや職場の多様性を制限することはできず、企業はより包括的な人材プールとキャリアパスを構築する方法を見つける必要に迫られています。
しかし、それぞれの新しい課題に対応することで、私たちは組織により多くのことを求めるようになりました。従業員にはさらに高い期待を寄せ、複雑な戦略によってまさに奇跡を起こすことを要求しています。
このような期待の高まりは、あらゆるところで見受けられます。それは、優れた製品、最高の体験、そして「生涯で一度しかないオファー」という形で現れています。同時に、そのような製品・サービスを提供することで、長時間労働や実現不可能なストレッチゴール、苛酷な職場環境を生み出しています。私は、リサーチやケースライティングのために企業を訪問し、かぎられたリソースで、短期間に大きな成果をあげていることに感銘を受けたことが多々ありました。
しかし、私が最も驚いたのは次のような事実です。洗練された戦略を実行し、激務をこなしていることを考えると、これらの企業の大半では、高い収益性を実現するとともに、従業員のほぼ全員に手厚い報酬体系が提供されているものと期待されますが、私はそのいずれの例も見たことがないのです。S&P500に含まれる企業の4分の1は、資本コストを上回る長期リターンが得られていません。中国では、この割合はさらに高く、3分の1近くになっています。
考えてみてください。これほど多くの企業が、優秀で意欲的な従業員で溢れているのに、なぜこれほどまでに努力が報われないのでしょうか。なぜ、努力と洗練された戦略が、ある企業には持続的な成功をもたらし、他の企業にはそうでないのでしょうか。私たちは、人類史上最も教育された労働力を持ち、きわめて有能な経営者を擁しています。にもかかわらず、なぜ、持続的な成功に結び付かないことのほうが多いのでしょうか。もしこのような疑問を持たれたことがあるなら、ぜひとも本書を読んでください。
企業が期待に応えられないとき、私たちはしばしば、何か重要な要素が欠けているのではと考えます。もっと優れた人材戦略を持っていれば……。もっと強固なサプライチェーンがあれば……。イノベーションのパイプラインがもっと充実していれば……。そして、人材戦略を策定し、ビジネスレジリエンスに投資し、イノベーションサイクルを加速させようとします。戦略的なイニシアチブが増えるに従い、予期せぬことが起こります。すべての木に集中するあまり、森を見失ってしまいます。たくさんの活動があるなかで、全体的な方向性や指針が見えにくくなるのです。
有望なアイデアとは、いかなるものであっても追求する価値があると思われるものです。しかし、最終的にはいままでの常識が優先され、戦略はビジネスの舵取りをする力を失ってしまうのです。このような世界では、戦略計画は毎年行われる儀式となり、官僚的で、重要な問題の解決にはあまり役立たないものになっています。
実際、戦略をまったく持っていない企業を見つけるのは難しいことではありません。80ページに及ぶパワーポイント資料は、多くの場合、データは豊富だけれども洞察にとぼしく、検討事項の列挙には最適ですが実際の意思決定にはほとんど役立たない代物です。(1)企業の戦略計画を見てみると、多くのフレームワークが駆使されているものの、その大半が互いに矛盾していて、有効なマネジメントのための指標は見当たらないということが多々あります。
優れた戦略の特徴は、何をすべきでないのか、何を心配すべきでないのか、どのような動きを無視すべきかを明確に示すところにあります。このような点からすると、今日の戦略立案のイニシアチブの多くは不十分といえるでしょう。(2)