近年、戦略の複雑化が進み、企業はさまざまな分野で高度な戦略を展開している。だが、多くの企業が高収益を上げ、従業員に対する手厚い報酬を提供できているわけではない。なぜ戦略と実行が、一部の企業には成功をもたらし、他の企業にはもたらさないのか。本連載では、ハーバード・ビジネス・スクールで教えらている最先端の戦略理論「バリューベース戦略」を紹介した『「価値」こそがすべて! ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著/東洋経済新報社)より、一部を抜粋・再編集。戦略を簡素化し、圧倒的な成果につなげる新たなアプローチを解説する。

 第2回目は、米家電量販店大手ベスト・バイの業績回復が物語る、バリューベース戦略の威力と主要原則について見る。

<連載ラインアップ>
第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

■第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇(本稿)
第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力
第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか


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 WTPとWTSの差、つまりバリュースティックの長さが、企業の生み出す価値になります。ある調査によると、優れた財務パフォーマンス(企業の資本コストを超えるリターン)は、より大きな価値を創造することができるかどうかに依存していることが示されています。そして、付加価値を創出する方法は、WTPを高めるか、WTSを低くするかの2つしかありません。

 戦略は概念的にシンプルなものです。そして、よりシンプルな戦略的思考こそがより良い結果につながると私は確信しています。

リニュー・ブルー

 このアプローチの威力を示すケースとして、米国最大の家電量販店であるベスト・バイ(Best Buy)の例をあげたいと思います。

 2012年末、同社は新しいCEOを募集していました。自分がこの役割を担うことを想像してみてください。成功することは、とうてい不可能だと思うことでしょう。実際、私たちの多くは、ベスト・バイは絶望的だと考えていました。というのも、アマゾン(Amazon)は、幅広い品揃えと積極的な価格攻勢でオンライン事業を成長させることに成功しており、ベスト・バイはその犠牲になっていたからです。それと同時に、ウォルマート(Walmart)をはじめとする大型小売店は、大量に販売できる人気の高い電子機器や家電製品に注力し、市場シェアを奪っていきました。さらに、顧客の間でショールーム化、つまり、店舗に足を運んで気に入った商品を決め、オンラインで購入する傾向が高まったことも、おそらく最悪の事態を招きました。

 このような猛攻撃にさらされたベスト・バイのパフォーマンスが芳しくなかったのは当然のことです。2012年、同社は第1四半期で17億ドルの損失を計上します。そして、長らく低迷していたものの10%台後半を維持していた投下資本利益率(ROIC)は、ついにマイナス16.7%にまで急落しました。

 サンフォード・C・バーンスタイン(Sanford C. Bernstein)のアナリスト、コリン・マクグラナハンは、「ベスト・バイは死んだほうがいい」(Best Buy Should Be Dead)と題する『ビジネスインサイダー』の記事のなかで、「まるでベスト・バイがナイフを持って銃撃戦に臨んでいるかのようだ」と述べています。

 元戦略コンサルタントで、直近ではホテル・旅行業を営むカールソン・カンパニーズ(Carlson Companies)のCEOを務めていたユベール・ジョリーが、このチャレンジに挑みました。ジョリーとかれのチームは、この悲惨な状況を認識し、〝リニュー・ブルー〟(Renew Blue)と名付けた再建計画を策定します。その核心的なアイデアは、WTPの向上と知覚価値の改善により、より多くの顧客価値を創造することでした。ベスト・バイの1000を超える店舗を、競争の足枷となる負債と考えるのではなく、その役割を再考し、資産に転換したのです。今後、店舗は4つの役割を果たすことになります。販売拠点(従来の役割)、店舗内店舗を持つブランドのショールーム、受け取り場所、そしてミニ倉庫です。