温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「脱炭素」に向けて、世界のEV市場が動き出している。トヨタ自動車(以下、トヨタ)も2021年12月の「バッテリーEV戦略説明会」の開催以降、EV開発に本腰を入れ始めた。過去80年、世界の自動車市場で勝ち続けてきたトヨタは今、どのような課題に直面しているのか。2023年7月、書籍『トヨタのEV戦争』を上梓したナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリストの中西孝樹氏に、トヨタを取り巻く現状と課題、トヨタと日本の未来について話を聞いた。
環境変化が人々の「体験期待」を変え、EVシフトを加速させた
──ずばり、ご著書『トヨタのEV戦争』で最も伝えたいことは何でしょうか。
中西孝樹氏(以下敬称略) 本書の目的は、トヨタや日本の自動車業界にとって耳の痛い話も含めて現状をフラットに分析した上で、今何が問題で、これから何を解決しなければならないか、を伝えることです。
トヨタは過去80年、世界の自動車市場で勝ち続けてきました。しかし今、EV事業ではこれまでのような存在感を発揮できてはいません。この本ではそうした不都合な真実も含めて、忖度なしに書いています。
──トヨタがEV市場をリードできなかった要因は何でしょうか。
中西 「環境の変化を読みきれなかったこと」ではないでしょうか。
実は、2021年に発表されたEV戦略の根本は、コロナ危機の前に描かれたものです。当時、トヨタは市場がそれほど変化しない前提で戦略を立てていました。実際、私も「世界のEV需要はそれほど急激には伸びてこない」「自動車業界にCASE *1のようなモビリティ・トランスフォーメーションが起こるまでには30〜50年かかる」と考えていました。
ところが、2020年を境に環境が一変します。世界的な脱炭素の潮流が一気に加速したことや、新型コロナウイルスが引き起こしたパンデミックを受けて、人々の生活は一変しました。結果として、消費者のデジタルツールに対する体験期待も大幅にアップしたと言えます。
代表的な例が中国です。中国ではコロナ危機の間に凄まじいスピードでテスラやBYDといった新興EVメーカーが台頭し、2023年には国内2400万台のうち約35%がEVとプラグインハイブリッドに置き換わる勢いです。長い時間がかかると思われていたEVシフトは、コロナ禍で大幅に加速したのです。トヨタはこれらの環境変化を織り込んで、EV戦略の再考を迫られています。
*1. 自動車産業のトレンド「C=コネクテッド」「A=オートノマス(自動運転)」「S=シェア&サービス」「E=エレクトリック(電化)」の頭文字。