近年、戦略の複雑化が進み、企業はさまざまな分野で高度な戦略を展開している。だが、多くの企業が高収益を上げ、従業員に対する手厚い報酬を提供できているわけではない。なぜ戦略と実行が、一部の企業には成功をもたらし、他の企業にはもたらさないのか。本連載では、ハーバード・ビジネス・スクールで教えらている最先端の戦略理論「バリューベース戦略」を紹介した『「価値」こそがすべて! ハーバード・ビジネス・スクール教授の戦略講義』(フェリックス・オーバーフォルツァー・ジー著/東洋経済新報社)より、一部を抜粋・再編集。戦略を簡素化し、圧倒的な成果につなげる新たなアプローチを解説する。

 第4回目は、米旅行予約サイト大手エクスペディアが、自社の強みをどう特定し、そこへどうリソースを振り向けて価値を創造し、競争の激しい業界で勝ち残っているかをひも解く。

<連載ラインアップ>
第1回 ハーバード・ビジネス・スクール教授が教える圧倒的な成果を上げる戦略とは?

第2回 税引前利益は2倍、株価は4倍に、米家電量販店大手ベスト・バイの復活劇
第3回 米家電量販店大手ベスト・バイに学ぶ、競合を置き去りにする戦略と実行力
■第4回 米旅行予約サイト大手エクスペディアは、なぜ激しい競争を生き抜けるのか(本稿)


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バリュープロポジションの選択

 企業が創出した価値の一部を獲得できるかどうかは、支払意思額(WTP)と売却意思額(WTS)との差に全面的に依存していることを思い出してください(第3章)。自社のバリューカーブと競合他社のバリュープロポジションを比較することで、焦点を当てるべき「違い」を特定し、それを高めるための方法を検討することができます。例を見てみましょう。

 オンライン旅行代理店のエクスペディア(Expedia)は、バリューマップの作成に着手する際、まず、どのようにして旅行サイトを選んでいるのかを顧客に尋ねることから始めました。具体的には、オープンエンドな個別およびフォーカスグループインタビューを実施したのです。

 この2つの方法は、重要なバリュードライバーを特定するのに適しています。エクスペディアは主要な質問項目を用意して、1万3000人以上の旅行者を対象に、さまざまなバリュードライバーの重要性について調査を実施しました。また、旅行者にエクスペディアがどの程度かれらのニーズに応えているかを尋ね、そのうえで自社のパフォーマンスを競合他社と比較しました。その調査結果は図18-1に示されています。※1

※1 図のデータは Expedia の分析による。

 図18-1のバリュードライバーは、最も重要なもの(「お金に見合った最高の価値を得る」)から最も重要でないもの(「顧客であることを感謝されていると感じる」)へと並べられています。灰色の棒グラフは、各項目の重要度を示しています。

 各社のスコアは、多くの次元で密集していることがわかります。これは、競争の激しい業界であることを示唆しています。エクスペディアのチームは差別化のパターンを把握するために、図18-2に示されたように、バリュードライバーを8つの大きなテーマにグループ化しました。※2

※2 図のデータは Expedia の分析による。

 エアビーアンドビー(Airbnb)は、価格に見合った価値を提供することで業界をリードしていることがわかります。エクスペディアは、時間とお金の節約という点で、最高のポイントを獲得しています。グーグル(Google)は最も明確なトレードオフを実現しています。それは旅行の計画段階で圧倒的にリードしていますが、旅行者が必要とする他の多くのサービスを欠いています。ブッキングドットコム(Booking.com)とホテルズドットコム(Hotels.com)との間には、実質的な違いが認められません。

 バリュードライバーをグループ化することは、ブランドの個性を浮き彫りにするため有益です。エクスペディアのバリューマップ・プロジェクトを主導した戦略担当副社長のアイク・アナンドは、次のように説明しています。「競合他社を見ると、同じような目的を達成しようとする複数のバリュードライバーでうまくいっていることが多いことに気づきました。消費者の心をつかむには、1つのバリュードライバーだけではダメなんです。テーマを追求する必要があります※3

※3 Ike Anand への筆者によるインタビュー (2020年2月28日)。

 テーマを設定することは、顧客がどのように選択を行うかを理解するうえで重要です。しかしアナンドは、特定のバリュードライバーから調査を開始することを推奨しています。

「消費者にテーマ別に質問すると、行動するために必要な詳細な情報が失われます」

 エクスペディアのような慎重な分析により、企業は競争上、有利な立地を選択することができます。これは、差別化の重要なポイント、つまり競合他社を確実に凌駕する一連のバリュードライバーを含むものです。このような次元でライバルを圧倒するためには、他のバリュードライバー、つまり自社が得意でない領域からリソースを転用する必要があります。これが、競争上の立地に関連するトレードオフです。