大学院大学至善館 理事長兼学長 野田智義氏(撮影:内藤洋司)

 組織能力の優劣を左右し、現代企業の「経営の質」を決定づけるとされる「企業コンテクスト」。それはいわば「孫悟空が自由に空を飛ぶためのお釈迦様の掌」であり、経営者はコンテクストを作り出す前提として「人間の弱さ」を忘れてはいけない、と野田氏は語る。その意味するところは何か。前編に続く本記事では、「本書(『コンテクスト・マネジメント 個を活かし、経営の質を高める』)は自分の経営学者としての集大成である」と話す野田氏に、「コンテクスト・マネジメント」の本質、そして企業経営の現場で実践する上でのポイントについて聞いた。(後編/全2回)

【前編】米国でホンダ「スーパーカブ」大ヒット、偶然でも戦略でもなかった本当の勝因
■【後編】自由で挑戦的な組織の大前提、経営者が忘れてはいけない「人間の本質」とは(今回)

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人間の本質は「性善説」でも「性悪説」でもない

──前編で、これからの企業を経営していく上で「企業コンテクスト」が重要になるいうお話をお聞きしました。「企業コンテクスト」「コンテクスト・マネジメント」とはどのような概念、考え方なのか、わかりやすく説明していただくとどういうことでしょうか。

野田 智義/大学院大学至善館 理事長兼学長

東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールより経営学修士号(MBA)、ハーバード大学より経営学博士号(DBA)取得。ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院特別生、ロンドン大学ビジネススクール助教授、インシアード経営大学院(フランス、シンガポール)助教授を経て帰国。2001年7月、全人格リーダーシップ教育機関であるアイ・エス・エル(ISL、Institute for Strategic Leadership)を創設。著書に「リーダーシップの旅」(光文社新書)がある。

野田智義氏(以下敬称略) 私は「企業コンテクスト」を説明する際には、『西遊記』に出てくる孫悟空とお釈迦様の話しをしています。孫悟空は雲に乗って自分で自由に空を飛んでいるつもりなのですが、気がつくとそれはお釈迦様の手のひらの上だった、というエピソードです。この時、「孫悟空」が一人ひとりの優秀な社員であり、「お釈迦様」が経営者リーダーです。そして、お釈迦様の「手のひら(掌:たなごころ)」が「コンテクスト」なのです。

 経営は一人ですることはできません。一人ではできないことを実現するのが、組織という装置です。ですから、経営者リーダーは、多くの優秀な社員に自由に空を飛び回ってもらい、いろいろな活動をしてもらわなければならないのです。

 その時、大きな方針として「どのような空間を飛び回るのか」「どちらの方向に飛んでいくのか」「お互いがどのように関わり合いながら飛ぶのか」を決めること、つまり、どのような「掌(たなごころ)」をつくればいいかを決めること、それがお釈迦様の役割を担う経営者リーダーの重要な役割なのです。

――そもそもなぜ、企業経営に「コンテクスト」が必要なのでしょうか。

野田 それは、人間の本質が性善説でも性悪説でもなく、「性弱説」にあるからです。これは、私たち人間が、置かれた環境や空間によって行動を変える動物、という事実に基づいています。

 同じ人間であっても、環境や状況が変われば違う行動をします。たとえば、人は特定の場所に置かれると率先して創造性を発揮したり、主体的に活動したり、周囲と協働したりします。しかし、全く同じ人間が、違う場所では隠れて不正を行ったり、情報を隠匿・改竄したり、惰性に流されたりすることもあるのです。

 このことは、企業の不祥事の事例を考えるとわかります。残念なことに昨今、日本企業の不祥事が繰り返し起こっています。企業の不祥事は、それを起こした個人だけの責任なのでしょうか。私は、そうではないと思います。一概には言えませんが、企業の不祥事事例を調べてみると、不正を行った個人は、必ずしも以前から不正を繰り返してきた人間ではないのです。しかし、その同じ個人が「ある環境」に置かれると、不正に走ってしまうわけです。

 何が現場にいる個人を暴走に走らせたかを探っていくと、個人を不正に走らせた「企業コンテクスト」にその真因が見えてきます。経営の質が高い企業には、優れたコンテクストがあります。逆もしかりです。本質的に「性弱」な個人を悪いコンテクストが暴走させるのです。