研究所に掲げられている、ダイキンのものづくりの矜持を表すオブジェ。「ダイキンが送り出す製品の先には『人』がいる」という意味がある。

 ダイキン工業は、空調専業メーカーとして早くから大胆なDX戦略を進めてきた。2017年にはDX人材を育成する社内大学「ダイキン情報技術大学(以下、DICT)」を立ち上げ、その人材をもとに、ここ数年で新しいソリューションを生み出している。さらに直近では、国内AIスタートアップの旗手であるプリファードネットワークスから比戸将平氏が加入するなど、人材の厚みも増している。

 こうした近年の歩みを聞く限り、ダイキンのDXは盤石の態勢に思える。しかしその印象とは裏腹に、同社全体のDX推進を担当する者たちは、決して現状を明るく捉えていない。「空調という分野で、本当にDXを実現できるのか。10年先も通用するような、大きなビジネスの変革を起こせるのか。毎日、悩みや苦労ばかりです」。そう口を揃えるのは、ダイキン DX戦略推進担当 執行役員の植田博昭氏と、DX戦略推進準備室室長の大藤圭一氏だ。

 2人はどんなことに悩み、何が障壁だと捉えているのか。DICTを中心としたダイキンのDXの舞台裏に迫るこの特集。最終回となる本記事は、ダイキンのDXが目指す未来、そして乗り越えるべき課題について考える。

特集・シリーズ
フォーカス変革の舞台裏

固定観念に囚われずアイデアを生み出し、逆境に屈せず人・組織・技術の壁を乗り越えてこそはじめて、企業変革は成し遂げられ、新たな価値が創造されます。本特集では、新規事業をはじめとしたプロジェクトの軌跡をたどり、リーダーたちの思いや苦労、経験にフォーカスしながら、変革実現のヒントを探ります。

記事一覧

空調市場の拡大はいつか止まる、それまでに変革を起こせるか

 ダイキン大阪本社の一室。同社のDXについて取材をする中で、植田氏は自身が感じている課題感を語り出した。

「これまで、工場のデジタル化や新しいサービスをデジタルで作った事例は生まれてきました。しかし、ビジネスモデルの変革、DXの『X(トランスフォーメーション)』にあたる部分はまだできていません。日立製作所やコマツのような動きは実現していないのです。10年先の空調事業を考えると、このままでは成長が続かないでしょう」

ダイキン工業 DX戦略推進担当 執行役員の植田博昭氏(撮影:川口紘)

 ここ数年、ダイキンの売上は順調に推移している。背景にあるのは、世界的な空調市場の拡大だ。これまでアメリカ、日本、ヨーロッパに普及してきたこのビジネスは、近年、中国に広がっているほか、インド、アフリカといった地域でも開拓が進んでいる。「市場が拡大する中、ダイキンは空調専業メーカーとして手厚く事業を行えたことが業績に寄与しています」と植田氏は言う。

「しかし、世界的な市場拡大はどこかで止まりますし、その中でシェアを広げるにも、空調機自体はさまざまな企業が作れます。機器の性能で大きな差別化を図るのは簡単ではありません。だからこそ、私たちは『次の空気の価値』を生み出すようなDXに挑戦したいと考えています」(植田氏)

 植田氏はDX戦略の責任者であるとともに、同社の経営企画室長でもある。DXはこれからのダイキンの経営に直結するからこそ、2つを連携させる意味で植田氏が兼務しているという。だが、「まだ答えは出ていませんし、毎日のように悩んでいます」と口にする。

「空気という目に見えないもののニーズを捉え、付加価値を生む新しいビジネスとはどんなものなのか。そして新たな付加価値を作ったとして、それを消費者にどう感じていただくのか。そもそも現時点で空気に関するニーズは相当満たされているともいえます。空調の温度は自由に調節できますし、空気清浄機も発達しています。それを超えるビジネスとは何かを模索している状態ですね」(植田氏)

 企業が変革を起こすには、「既存ビジネスに対する『危機感』が原動力になります」と植田氏。たとえば主力事業が厳しければ、必然的にビジネスモデルを転換するしかない。しかし、空調市場は先述のように拡大を続けており、現状への危機感から次の変革を、という動きを望むのは難しい。

 既存ビジネスのチャンスは大きく、一方で変革に挑んでも成功するかは未知数というのがダイキンの状況だ。とはいえ、いまの成長は続かないという危惧がDX担当者にある。だからこそ、世界の空調市場が天井に達しても通用するビジネスモデルを作っていく。それが既存の事業とは別の領域にあるのか、それとも今のビジネスを深化させた先にあるのかはまだわからない。しかし、諦めず答えを探すのが「我々のミッションです」と植田氏は言う。