2023年1月、日本のユニコーン企業において時価総額1位を誇るAIスタートアップ「プリファードネットワークス」の執行役員だった比戸将平氏が、ダイキン工業に移籍した。AIの第一人者が選んだ意外な新天地は、当時少なからぬ衝撃を与えた。

 現在、ダイキンの比戸氏に課せられているミッションのひとつが、社内にいるAI人材のレベル引き上げだ。同社は2017年、AI人材を育成する社内大学「ダイキン情報技術大学(以下、DICT)」を立ち上げ、400名ほどの修了生を輩出してきた。これによりAIを使える人材は社内に増えたが、次の段階として、より高度なAI人材の育成、具体的には「AIを用いた新しいプロジェクトや事業を企画し、それを進められる人材」を育てることに注力している。比戸氏は「自分がここにきて感じたことをベースに、ダイキン流のやり方で進めています」と話す。

 DICTを中心としたダイキンのDXの舞台裏に迫るこの特集。第4回となる本記事は、比戸氏へのインタビューをもとに、ダイキンにおけるAI人材育成の最前線を捉える。

シリーズ「フォーカス 変革の舞台裏 ~ダイキン編~」
第1回 はたして「タダ飯食らい」だったのか、ダイキンのAI社内大学がもたらしたもの
第2回 教壇に立つのは修了生、ダイキンが社内大学で「教育の内製化」を進める意味
第3回 現場に入ったダイキン社内大学卒“噂のエリート”たち、対立しなかったのか?
■第4回 ダイキンに来たAIトップランナーが若手AI人材に繰り返し伝える意外な心得(本稿)
■第5回 ダイキンDXの知られざる苦悩、空調における「本当の変革」をどう実現するか
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ダイキンだけのユニークな社員教育が、入社につながった

「ダイキンはフレキシブルであり、カオスでもある」

 この言葉は、比戸氏に対して「実際に働いてから感じたダイキンの強みと課題」を尋ねた際の答えである。

「入社する前、ダイキンはトップダウンの会社だと思っていました。しかし実際はそうではなく、各組織の自由度は高く、フレキシブルに動いています。DXについても、それぞれの部門・拠点が独自にアイデアを実行に移していました。それは間違いなく強みですが、一方で部門が単独でバラバラに動いているので、全体把握や足並みを揃えるのがそのままでは難しいという課題も発生します。今はそういったことをふまえて、DXもAI人材育成も、この会社の強みや社風を生かした『ダイキン流』の進め方でやりたいと考えています」

 比戸氏は京都大学大学院を修了後、IBM東京基礎研究所を経て、プリファードネットワークス(当初はプリファードインフラストラクチャー)に10年以上在籍した。さまざまな企業と提携し、同社のAI技術を提携先のビジネスや製造現場に取り入れることで、進化を生み出してきたといえる。

 そんなキャリアを積む中で、次は「事業会社に行く」と決めていたという。これまでは“外”から事業会社をサポートしてきたが、今度はみずから事業会社の中枢に入り、より深く事業や現場を理解した上で何ができるか考えたかった。NDA(秘密保持契約)のハードルもなくなり、現場の人や事業担当者と毎日のようにコミュニケーションを取ることも難しくない。その中でAIを使って生まれた価値は、企業の競争優位性になると信じたのだった。

「とはいえ、事業会社に行きたいとは思っていたものの、最初からダイキンが候補にあったわけではありません。大きかったのはDICTの存在です。毎年100名近い修了生がAI人材となり、あらゆる事業部に散らばっていく形は、他の企業にないユニークなものでした。私も次の場所を考える中で、それだけ多くの若い人材にノウハウを伝えられることに意義を感じたのです」

ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター 技師長の比戸将平氏(撮影:堀江宏旭)

 ダイキン側が比戸氏に期待することも明確だった。実際、採用時にダイキンから言われたのは、DICTによってAIを使える人材は増えてきたが、AIを用いた新しいプロジェクトや事業を企画・推進できる人材はまだ少ないということ。毎年のようにDICT修了生は出てくるが、価値のあるAIの企画を用意できるレベルにまでならなければ意味がない。そこで比戸氏がノウハウを伝える、もしくはみずからAIの企画から実装まで行う姿を見せることで、より高度なAI人材を増やしたいということだった。