知床半島の野生のヒグマ(写真:アフロ)

 小説『羆撃ちのサムライ』(河出文庫)を手がけた歴史時代小説作家の井原忠政氏は「ヒグマオタク」である。

 専門家でこそないがやたらと詳しい。現在、井原氏は、本庄敬氏(「蒼太の包丁」「SEED」「ニッポン動物記」等の漫画家)の作画で「コミック乱」誌上に漫画版『羆撃ちのサムライ』(リイド社)を連載中だ。単なる原作ではなく、脚本も同氏が書いている。

 井原氏は、膨大な資料から物語を生み出す手法で、累計80万部突破のヒット作「三河雑兵心得シリーズ」(双葉文庫)を物にした。「羆撃ちのサムライ」執筆時にも同じやり方を採用、その知識はヒグマの生態にとどまらず、狩猟や銃の歴史にまで及んでいる。

 井原氏にヒグマの怖さ、強さ、そして万が一遭遇した場合の対処法などを聞いた。(聞き手:栂井 理恵、アップルシード・エージェンシー)

『羆撃ちのサムライ』最新刊(第2巻)はこちら

ヒグマとの遭遇事件

 ヒグマは、なんといっても日本最強の獣です。子供の頃から興味はありましたが、神奈川県の出身なので、ま、動物園で見るぐらいでしたね。それが20年ほど前、野生のヒグマとかなり危ない遭遇をしたのです。

 知床に一人旅で赴き、エゾイワナの遡上が見られると聞いて、早朝に川沿いの道を歩いていました。決して山奥じゃありません。それこそ学校のチャイム音が聞こえるような場所です。

 川面を見ながら緩いカーブを曲がると、50メートルほど先に黒い大きなヒグマがいた。のんびり後肢を放り出して座っていましたが、私に気づくと座り直し、こちらを小さな目で睨みます。

 さすがに「やばい」とは思いましたが、どうにもできません。頭に浮かぶのは精々「背中を見せて逃げてはダメだ」「刺激してはダメだ」その程度。ただただ立ち尽くしていました。

 やがてヒグマは藪に飛び込み、そのまま絶壁に近い斜面を直登して見えなくなりました。その間10分ほど? 本当は30秒だったかもしれません。

 確かに怖かったのですが――少なくともそのクマは殺気を発していなかった。友好的とまでは言いませんが、「誰だよ、お前?」みたいな感じ。彼より険悪な人間の顔を幾度か見た覚えがあります。

 これ以降、私の中でのヒグマは「ただの怖い獣」ではなくなりました。

『羆撃ちのサムライ』1巻より抜粋掲載 ※続きは最終ページをご覧下さい。©井原忠政/本庄敬/リイド社