なお福島県は数多くの長距離ランナーを輩出している。最近の人物で言うと、東洋大学の現監督である酒井俊幸氏は、人々が素直で粘り強く、家族思いで、発想は柔軟と言われる「中通り」の石川郡石川町出身、酒井氏と同学年で駒澤大学で大八木氏の指導を受け、マラソンで日本最高記録を出した藤田敦史氏はやはり「中通り」の白河市、東洋大学で山の神の異名をとった柏原竜二氏は、漁師町が多く、開放的な性格の「浜通り」のいわき市出身である。また1964年の東京五輪でマラソン3位に入賞した故・円谷幸吉氏は「中通り」の須賀川市出身だ。素直で粘り強く、家族思いという性格は、円谷氏には特に当てはまっているように思える。

中野孝行~北海道の優しさと厳しさ

 筆者が毎年注目しているのが、中野孝行監督が率いる帝京大学である。昨年の箱根駅伝では総合8位だったが、その前の2年間は5位と4位で、悲願の3位入賞まであと一歩と迫った。特に一昨年(2020年)の大会では10区の吉野貴大選手が区間2位の走りで前を行く国学院大学をわずか3秒差まで追い上げ、手に汗握らせてくれた。

 青山学院、明治、早稲田、中央といったブランド校や、箱根で何度もの優勝経験がある駒澤や東洋、あるいは(あえてどことは言わないが)選手に月に30万円もの小遣いを栄養費の名目で与える大学と違い、帝京大学はなかなかいい選手が獲れない。

 青山学院監督の原晋氏が早稲田大学に提出した修士論文に、2014年から2017年の箱根駅伝強豪10校の新入部員上位5人の5000mの平均タイムの比較表が掲載されているが、青山学院(14分10秒77)を筆頭に、東海、明治、駒澤、順天堂、早稲田の6校が14分10秒台であるのに対し、帝京は14分30秒29で最下位である。中野氏はそこから選手たちを鍛え、箱根駅伝で4位とか5位になっているのだ。

 中野氏はいつ会ってもにこにこしている。スポーツの選手や指導者に実際に会うと、驚くほど穏やかで、この人がどうしてあんな激しいスポーツができるんだと思わされることがあるが、中野氏もそういうタイプだ。この人は学生を厳しく叱ることはあっても、怒鳴るようなことは決してしないはずだ。

2017年10月、箱根駅伝予選会で本戦出場を決めた帝京大学の中野孝行監督(写真:松尾/アフロスポーツ)