熾烈な争いが生んだ
世界に冠たるインスタントラーメン

2011.04.22(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 これがもし、料理として完成度の高い中国の麺料理のままだったら・・・。スープや具材のバリエーションが生まれ、ご当地ラーメンへ発展することもなかっただろう。また、インスタント化も難しかったに違いない。

 インスタントラーメンが生まれた背景には、ぶっかけそばに似た簡易な食べものとして、ラーメンがすでに人々に受け入れられていたという大前提があったのだ。

製法「百花繚乱」の時代、特許を巡る争いは法廷へ

 58年8月25日、世界初と言われる即席ラーメン「チキンラーメン」が発売される。「お湯をかけて2分間」の謳い文句で売り出されたこの商品は「魔法のラーメン」と言われ、人気を博した。価格は35円。うどんが1玉6円の時代だ。

 安藤百福が「チキンラーメン」を完成させるにあたって、てんぷらから製法のヒントを得たというエピソードは有名だ。蒸した麺に味付けし、これを油で揚げて乾燥させる。蒸した麺を熱した油に入れると、水分が蒸発して麺に無数の穴が開く。そこへお湯を注ぐと、穴にお湯が浸透してゆでたての状態に戻るというワケだ。

 この加工技術が、即席麺の基本的な製造法「油熱乾燥法」である(のちに熱風乾燥によるノンフライ麺も登場)。

 ただ、揚げた麺をゆでてもどす麺料理は、「伊府麺」「鶏絲麺」など中国ではすでに存在していた。

 また、チキンラーメンの完成より3年前の55年には、松田産業(現・おやつカンパニー)が即席麺製品「味付中華麺」を発売している。これは商業的に失敗したが、製造過程で生じた麺のかけらを使ったものが、のちに「ベビースターラーメン」として商品化された。

 また、チキンラーメンが発売される数カ月前には、「鶏糸麺」(大和通商)、「長寿麺」(東明商行)という、お湯を注ぐだけで食べられるラーメンが売り出されていた。58年末から59年にかけ各社とも特許を出願し、即席ラーメンの戦いは法廷に持ち込まれることになる。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。