安楽死の基礎的疾患が、16年、がん149件に対して、複合老人性疾患が116件と割合が多いのだ。

 すなわち、本来なら近い将来に成立するかもしれない「人生終焉の法」の下で安楽死を要請するべき患者の一定部分が、現行の安楽死法の中で受け入れられているのではないだろうか。安楽死は本来の要件をかなり緩める形で運用され始めているのではないだろうか。そんな疑念を抱かざるを得ないのである。

グレーな案件

 オランダでは安楽死法成立以降、大きなトラブルなくやってきたと述べた。それでもやはり15年も経つと、グレーな案件も浮かび上がってきている。

 安楽死法が成立して以来、審査委員会が注意深さの要件に適合していなかったと判断を下したケースは、2017年までの16年間には100件あった。これは、その期間すべての報告された安楽死数5万5847件の0.18%である。

 しかもそれら案件は、独立した第三者の医師に相談したのではなく、「友人の医師に診断を依頼した」とか、「専門医の診断を仰がなかった」という程度のものが多く、検察による訴追に至ったケースは1件もない。

 マッコア教授も「この結果は、安楽死法を遵守する医師たちの努力によるものだろう」と評価する。

 しかし最近になり、医師が訴追される可能性のある案件が2つ出た。

 1件は、2016年に老人病院で認知症患者を安楽死させたケースだ。主治医が患者に対して、安楽死の最終意思の確認を怠り、腕を取って注射で死に至らせたという案件である。

 患者は以前から安楽死を希望していた。そして、しかるべき時が来たので医師がその要請に従って患者に薬剤を注射しようとした瞬間に問題が起こった。

 腕に針を刺した際に、患者が手をひっこめるそぶりをしたのだ。

 手を引っ込めたという行動が、痛みに対してギョッとした反応からのものか、あるいは安楽死の拒否を意味したものなのか、その点が確認されていないことが問題視されているのだ。

 もう1件は2017年の案件で、患者が検査と治療を拒否したことを、主治医が安楽死の要請と理解して安楽死を行ったケースである。この案件は耐え難い苦しみだったのか、また他の治療の選択肢はなかったのかという点が不明のケースである。

 法に基づき厳格な運用を心掛けるべき医師の側も、「念には念を入れて」の気持ちが薄らいでいるのかもしれない。

緩和医療の遅れた実態

 調査委員会による2015年報告書には、他にも気になる点があった。なんと、患者の意思を確認しないままでの安楽死が431件もあるという。

 これは、どういうことだろうか?