しかし、この後、喜びも束の間、世界の氷の女王・荒川に悪夢が訪れる。
「荒川潰し」である。
同シーズン直後に開催された国際スケート連盟(ISU)の採点セミナーで、仰天する規定変更のプレゼンが開かれた。世界選手権を制したばかりの荒川の映像が「回転不足ジャンプ」と判断され、“悪い”お手本として示されたのだ。
直前の世界選手権で「6点満点」を出しておいて、優勝させた選手に「失格」の烙印を押す。誰もがその信じ難いISUの決定の真意を疑わざるを得なかった。
荒川静香の大決断
さらに、荒川は強靭な体幹に、極めてしなやかな筋肉から織り成される、大きく背中を反らした「レイバック・イナバウアー」で、その芸術性を高く、評価されていた。
イナバウアーをする選手はいるが、大きく体を反らせた「レイバック・イナバウアー」は、荒川の“特許”と言っていいほど、「イナバウアー」は彼女の代名詞となっていた。
しかし、この荒川の「十八番」のイナバウアーも、公式試合から加点対象から外された。そして、迎えた2006年のイタリア・トリノでの冬季オリンピック。
荒川はISUの度重なる採点システムに翻弄され、世界選手権以降、スランプに落ち込んでいたが、加点対象にならない「レイバック・イナバウアー」をあえて入れ込み、さらにもう1つの大きな決断を下していた。
フリーの曲目を、『幻想即興曲』から、2004年の世界選手権以来から封印してきた『トゥーランドット』に変えた。
「フィギュアスケーターの中には、技を競うことを目的として、観客の心に響かないような演技をする人もいる。でも、私はそれではいけないと思っていた。高い技を出しながら、観ている人の心にもメッセージをぶつけたかった」
荒川は競技前にこう話していた。それはまさに、氷の女王の座の奪還を目指し、決死の覚悟で、スケート界に真っ向から挑戦を突きつけるものだった。